日本歴史地名大系 「拝田村」の解説
拝田村
はいたむら
[現在地名]宇佐市上拝田 ・下拝田
」して矢部統高の宅所を襲っている。また年未詳一一月一日の大友義統安堵状(南文書)で「はいたの内かはらの田地」が高栖座主南都坊に安堵されている。
拝田村
はいだむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
」して矢部統高の宅所を襲っている。また年未詳一一月一日の大友義統安堵状(南文書)で「はいたの内かはらの田地」が高栖座主南都坊に安堵されている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...