斎藤貞宜(読み)さいとう さだよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤貞宜」の解説

斎藤貞宜 さいとう-さだよし

1774-1830 江戸時代後期の武士
安永3年生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士記録方をつとめ歴史文献や藩の典籍に通じていたため,文政5年毛利元就(もとなり),隆元(たかもと),輝元(てるもと)3代の事蹟編輯用掛となった。文政13年3月2日死去。57歳。通称彦右衛門。著作に「鎌倉御墳墓調」,編著に「官位相当位署書式便覧」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む