新垣村
あらかちむら
[現在地名]中城村
新垣・
北上原 屋宜村の西にあり、西は宜野湾間切野嵩村(現宜野湾市)など、東は中城湾沿いの当間村に接する。西方を普天間川が北東へ流れる。北部に新垣グスクがある。「おもろさうし」巻二の二一に「一 あらかきの ねたかもりくすく(新垣の根高森グスク)/てたか ふさよわる くすく(日子が相応しくおられるグスク)/又 てにつきの ねたかもり〔くすく〕(天継ぎの根高森グスク)」とある。
新垣村
あらかきむら
[現在地名]糸満市新垣
真壁間切の北部に位置し、南は真栄平村、北は高嶺間切大里村。絵図郷村帳に島尻兼城間切「あらかき村」、琉球国高究帳に同新垣村とあり、「琉球国由来記」には真壁間切新垣村とみえる。高究帳によると頭高七一石余、うち田四六石余・畠二四石余。脇地頭である新垣地頭職の任地で、曾氏五世正議大夫志美が順治一六年(一六五九)に兼城間切新垣地頭職に任じられ、六世紫金大夫
が康熙一一年(一六七二)に家統を継いで真嘉比間切新垣地頭職を拝受し、同一五年に浦添間切伊祖地頭職に転授している(曾姓仲宗根家家譜)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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