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新庄道雄 しんじょう みちお

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美術人名辞典の解説

新庄道雄

国学者、野沢昌樹平田篤胤門、駿河の人、天保6年(1835)歿、60才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

新庄道雄 しんじょう-みちお

1776-1836* 江戸時代後期の国学者。
安永5年2月1日生まれ。駿府(すんぷ)(静岡市)の豪商三階屋の7代。和漢の学をおさめ,平田篤胤(あつたね),鹿都部真顔(しかつべの-まがお),本居春庭(もとおり-はるにわ),本居大平(おおひら)にまなぶ。「駿河国新風土記」を編集したほか,「柏園独語」などの著がある。天保(てんぽう)6年12月19日死去。60歳。通称は仁右衛門,甚右衛門。号は柏園。狂号は清藁科河(きよわらの-しながわ)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

新庄道雄

没年:天保6.12.19(1836.2.5)
生年:安永5.2.1(1776.3.20)
江戸後期の国学者。駿河(静岡県)府中の商家に生まれる。本姓藤原。通称仁右衛門など。屋号三階屋。号栢園。幼少から日野流歌学の門人野沢昌樹に入門して薫陶を受け,植野興竜,松竜院住職に漢籍を,石川敬之に詩文を学ぶ。三浦永年,伊東藍洲の講説も聞き,関流算学家斎藤九郎右衛門に天文算数を学び,さらに本居宣長の門人村松春枝に歌道を学んだ。文化8(1811)年,平田篤胤に入門,狂歌師鹿都部真顔門人ともなり,清藁科河の名をもらった。本居春庭,大平の門人でもある。道雄の学問的経歴は随筆『栢園独語』に自ら詳しく記している。官選地誌『駿河志』(1812)の編纂に参加し,のち『駿河国新風土記』25巻(1834年脱稿)を成立させた。

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

しんじょうみちお【新庄道雄】

1776‐1835(安永5‐天保6)
江戸後期の国学者。号は柏園,松華主人。駿河府中の富商で,三階屋仁右衛門と称した。本居宣長の学風を慕い,はじめ村松春枝,栗田土満(ひじまろ)に国学を学び,のち平田篤胤に入門。また鹿都部真顔(しかつべのまがお)の社中に入り狂歌もよくした。とくに篤胤を信奉し,同郷の気吹屋(いぶきのや)門人と相はかって,師の著作の執筆や板行に援助を惜しまなかった。篤胤の助言を得た《駿河新風土記》のほか,《柏園随筆》《後猶軒小録》等の著述がある。

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