新興科学の旗のもとに(読み)しんこうかがくのはたのもとに

日本大百科全書(ニッポニカ) 「新興科学の旗のもとに」の意味・わかりやすい解説

新興科学の旗のもとに
しんこうかがくのはたのもとに

1928年(昭和3)10月、歴史家羽仁(はに)五郎と哲学者三木清が、岩波書店を退社した小林勇を編集兼発行者として新興科学社より創刊した雑誌。15号まで刊行された。哲学戸坂潤(とさかじゅん)、本多謙三(ほんだけんぞう)、教育学の山下徳治、法律学の中川善之助、鈴木安蔵(やすぞう)、経済学の向坂逸郎(さきさかいつろう)、有沢広巳(ありさわひろみ)、文芸評論の蔵原惟人(くらはらこれひと)らの若い優れた学者や理論家が執筆メンバーとして結集した。同誌は、「新興科学」の名のもとに、マルクス主義が単なる政治的主張でなく、哲学・個別科学の方法であるとともに総合的科学でもあることを明らかにしようとしたユニークな存在であった。29年10月、羽仁と三木が「プロレタリア科学研究所」の創立に参加すると、同誌は、同年12月号発行後、11月から刊行された同研究所の機関誌『国際文化』改題の『プロレタリア科学』に合流した。

[山田敬男]

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