施薬院と悲田院

共同通信ニュース用語解説 「施薬院と悲田院」の解説

施薬院と悲田院

聖武天皇の妻・光明皇后が天平2(730)年、病人や貧しい人を救うため平城京に創設した施設。平安京でも当初は南東部に置かれたとされ、施薬院は病人に治療を施したほか薬草を栽培して薬も配布した。悲田院は京内の東西の2カ所に置かれ、貧しい人や孤児を保護・救済したが、平安時代末には洪水で流され、移設された。

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