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日野商人 ひのしょうにん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日野商人
ひのしょうにん

近江商人のうち,日野 (滋賀県日野町) 出身の商人。初めは日野椀 (わん) という漆器を行商していたが,のちには感応丸 (かんのうがん) などの売薬,茶,呉服類を行商するようになった。日野商人の名が高まったのは,寛文年間 (1661~73) に関東地方へ出店をおくようになったからで,織物の販売には特に力を入れたといわれる。

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デジタル大辞泉の解説

ひの‐しょうにん〔‐シヤウニン〕【日野商人】

滋賀県蒲生(がもう)郡日野町から各地に行商に出た近江(おうみ)商人。室町末期から江戸時代に発展、主に椀(わん)・蚊帳(かや)を商った。

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大辞林 第三版の解説

ひのしょうにん【日野商人】

滋賀県日野町から各地に行商に出たり、出店を出した近江商人。江戸中期以降に多かった。椀・蚊帳などを商う。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の日野商人の言及

【近江商人】より

…八幡商人は海外渡航,貿易を試みたが,鎖国令によって中止され,行商から大坂・京都へ進出して大店舗を構えるに至った。近江商人の活動のうち,特筆すべきは蒲生郡日野商人が関東地方に醸造業を興したこと,蝦夷松前藩への大名貸から漁場を請け負い(場所請負),南千島に進出し,水産物の流通に寄与したことである。金融については大名貸が顕著で,五箇荘(ごかのしよう)商人松居氏が彦根藩など8藩に,八幡商人梅村氏は福井藩など十数藩へ数十万両,日野商人中井氏は仙台藩に12万5000両を貸し付けている。…

【日野[町]】より

…中世,藤原秀郷流と称する蒲生氏が土着し,室町時代の貞秀以来武威を振るったが,その孫蒲生定秀が日野城を築き天文初年(1530年代)町割りを定めて以来,城下町として大いに繁栄した。定秀の孫蒲生氏郷は楽市・楽座令をしき商業がとくに栄えたが,天正年間(1573‐92)伊勢松坂へ転封されて日野の町勢が衰えると,町民はしだいに東国方面に行商するようになり,江戸時代,八幡商人(近江八幡),五箇荘商人(神崎郡五箇荘)とともに日野商人として近江商人の中心的な存在となった。持下り商人は,伝統の漆器をはじめとして呉服,太物,麻布などを扱い,会津にまで漆器の製法を伝えたが,元禄年間(1688‐1704)に正野玄三が売薬を始めるに及んで,日野売薬が漆器などに代わって行商の中心商品となり,名声を博した。…

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