改訂新版 世界大百科事典 「時差ぼけ」の意味・わかりやすい解説
時差ぼけ (じさぼけ)
数時間以上の時差がある地域を航空機で急激に移動するときに起こる心身の不調状態。時差のある旅行先の生活時間と本来の生体リズムとのあいだにずれ(非同期)が生ずることによる。時差症候群jet lag syndromeあるいは非同期症候群desynchronosis syndromeともいう。その症状のおもなものは,(1)疲労,集中力・判断力の低下,(2)睡眠障害,(3)胃腸障害,(4)頭痛,不安などである。時差体験後,生体リズムが現地の生活リズムに同調するまでの日数には個人差がある。年齢の高い人より体力のある若い人のほうが時差ぼけの程度が弱い。また西方飛行のほうが東方飛行より同期しやすい。これは,ヒトの内因性リズムの周期が24時間より長いため,1日が長くなる西方飛行のほうが適応しやすいということになる。一方,同一人でも体内の各生理機能の同期する速度は互いに異なっている。そこで,各生理機能のあいだでもリズムのずれが起こる。これを内的非同期internal desynchronizationという。移動先での生活リズムにあわせた社会活動,すなわち食事や仕事をするほうが同期しやすいが,これはヒトの場合,明暗という光刺激より社会的刺激(周囲の人の動きや騒音,他人との接触など)のほうが同調因子として強力だからである。
時差ぼけと睡眠障害
時差ぼけのなかで最も頻度の高いのは睡眠障害である。たとえば,東方飛行として東京から7時間の時差のあるサンフランシスコと,西方飛行として東京から9時間の時差のあるコペンハーゲンに飛行した場合の睡眠を比較してみると,サンフランシスコに移動した場合は東京の睡眠と比較して,レム睡眠が減少し徐波睡眠が増加する。コペンハーゲンに飛行した場合は,レム睡眠が睡眠の前半に多くなる。これらの睡眠の変化は睡眠時間のずれと睡眠の日周リズムによって説明できる。サンフランシスコの夜間睡眠は日本時間では宵からの睡眠に相当し,コペンハーゲンでの夜間睡眠は日本の朝方からの睡眠に相当する。朝方の睡眠はレム睡眠が多く,ノンレム睡眠のうち徐波睡眠が少ない。一方,夕方の睡眠は逆にレム睡眠が少なく徐波睡眠が多い。これは,レム睡眠には朝方に多く夕方に少ないという日周リズムがあることと,徐波睡眠は覚醒時の長さに比例するという性質があるためである。つまり,サンフランシスコで23時に寝ることは東京の16時の昼寝から宵の睡眠に相当するから,東京でのレム睡眠の日周リズムがもち越されてサンフランシスコでの睡眠はレム睡眠が減少する。また徐波睡眠は一夜の断眠があり覚醒時間が長くなるために増加するのである。コペンハーゲンに飛行した場合は移動先の睡眠が移動前の朝方から午前中の睡眠に相当するので,東京のレム睡眠の日周リズムがもち越されたためである。なお非同期化した睡眠は東方飛行また西方飛行のいずれでも約8日間で同期する。
→概日リズム →睡眠
執筆者:鳥居 鎮夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報