デジタル大辞泉 「睡眠」の意味・読み・例文・類語
すい‐みん【睡眠】
2 活動を休止していること。「
[補説]書名別項→睡眠
[類語](1)快眠・寝る・眠り・
一般には周期的に繰り返す生理的な意識喪失の状態をいうが、完全に定義することはむずかしい。睡眠の場合、外観的には周囲の変化に対して反応しなくなり、感覚や反射機能が低下しているが、覚醒(かくせい)することができるし、特有な眠りの姿勢がみられる。
これらの特徴によって、睡眠は病的な意識喪失の状態である昏睡(こんすい)や麻酔状態などとは区別することができる。
科学的に睡眠を研究する場合にはかならず脳波が使われる。健康である成人の睡眠時の典型的な脳波変化をみてみよう。覚醒していて目を閉じているときは10ヘルツ前後のアルファ波(α波)がみられる(覚醒期)が、うとうとしてくるとアルファ波が消えて振幅の小さい4~6ヘルツの徐波が現れる(睡眠第1段階)。ついで振幅の大きいK複合とよばれる鋭波と14ヘルツぐらいの紡錘波が出現する(睡眠第2段階)。さらに進むと紡錘波のほかに振幅の大きい3ヘルツぐらいの徐波が現れ(睡眠第3段階)、究極的には1~3ヘルツの大徐波だけとなる(睡眠第4段階)。このように脳波は、一般に睡眠が深くなるにつれてその周波数が遅くなる方向へと変化するといえる。
[鳥居鎮夫]
睡眠を一晩の眠りとしてとらえた場合、かつては覚醒から深い睡眠(第4段階)へ移行し、それから覚醒に戻ると考えられてきたが、現在では、幾つかの段階を経ることがわかっている。すなわち、睡眠は周期的なものであり、覚醒から第1、第2、第3および第4段階に移行したあと、第1段階に似た状態に浮上する時期が4、5回訪れるということである。この時期は急速眼球運動rapid eye movement(REMと略す)があり、骨格筋の緊張消失を伴う段階であるため、他の睡眠時期とは別の状態であると考えられている。この急速眼球運動を伴う時期をレム睡眠、残りの睡眠は急速眼球運動がみられないためノンレム睡眠とよぶ。また、ノンレム睡眠のうち、第3、第4段階は大きい徐波をもつことが特徴であるため、一括して徐波睡眠とよんでいる。なお、動物の場合は、脳波が覚醒期のパターンを示しているのに、感覚刺激を与えても覚醒しにくく、行動的には深い睡眠と思われる状態を示すことがある。このように脳波像と睡眠深度との関係が従来のパターンと一致しないので逆説睡眠とよぶ。動物の普通の睡眠も徐波が主体となるため徐波睡眠とよぶことが多い。このため、動物の徐波睡眠はヒトのノンレム睡眠に対応することになる。
[鳥居鎮夫]
行動からの睡眠の定義に従うと、大部分の脊椎(せきつい)動物にはある型の睡眠があるといえよう。魚類と両生類では静止し覚醒閾値(いきち)(覚醒させるに必要な刺激の最小値)が上昇する時期があるが、脳波はほとんど変わらない。爬虫(はちゅう)類では行動的に睡眠を示し、脳波には徐波がみられる。また、レム睡眠に非常によく似た状態が短時間だが認められることがある。鳥類ではノンレム睡眠とレム睡眠の両方がはっきりみられるが、レム睡眠は非常に短く、全睡眠時間のわずか1~5%にすぎない。哺乳(ほにゅう)動物でははっきりしたノンレム睡眠とレム睡眠がある。しかし、原始的な哺乳類であるハリモグラにはレム睡眠のないことが報告されている。哺乳動物では、一般に肉食動物のほうが草食動物よりもレム睡眠が多い傾向がある。雑食動物はその中間である。これは、レム睡眠では筋が完全に弛緩(しかん)するため、草食動物ほど、この時期にきわめて危険な状態に置かれるためと考えられる。
[鳥居鎮夫]
新生児は16~18時間を睡眠に使い、その睡眠の半分がレム睡眠に使われる。青壮年では一般に16~17時間を覚醒に使い、7~8時間を睡眠に使う。この睡眠時間のうち6時間がノンレム睡眠に使われ、1~2時間がレム睡眠に使われる。ノンレム睡眠とレム睡眠の両方とも年齢の増加とともにわずかに減少する。また、睡眠周期(一つのレム睡眠の終了もしくは開始から次のレム睡眠の終了もしくは開始まで)は明らかに出生時から存在する。生まれたばかりの子供ではその周期の長さは50~60分であるが、発育するにつれてその周期は徐々に長くなっておよそ90分となる。そして24時間の睡眠・覚醒周期がこの睡眠周期のうえに重なってきて、通常24時間に1回の睡眠期があるという成人のパターンができあがることとなる。
[鳥居鎮夫]
睡眠中においては、覚醒して諸活動を行っている時期とは異なるさまざまな生理的変化が認められる。以下、具体的に記述する。
(1)心拍数 静かに横になっているだけでも心拍数は減少するが、一晩の眠りの間では徐々に減少していく傾向がある。しかし、レム睡眠のときには著しく増加する。
(2)血圧 一晩の眠りの経過のうち、血圧は前半に下がり、後半になると徐々に上昇する傾向がある。やはり、血圧もレム睡眠に一致して上昇する。
(3)呼吸 全体の傾向として睡眠中の呼吸数は減少するが、心拍数や血圧の変化に比べると比較的安定している。しかし、レム睡眠のときには呼吸のリズムが不規則となる。
(4)陰茎の勃起(ぼっき) レム睡眠に一致しておこる。朝方はレム睡眠が多いため、早朝勃起の現象はこれによって説明できる。また、早朝勃起の有無で、レム睡眠があったかどうかを判定することができる。
(5)体温 午前4時ころに最低となるが、それ以降は覚醒するまで徐々に高くなる。体温はレム睡眠の影響をあまり受けないが、体温が低いときにレム睡眠が多いという関係がある。体温は24時間周期をもっていて、夜昼逆転の生活をしてもなかなか体温のリズムは変わらない。海外旅行による、いわゆる時差ぼけは、昼間の活動時に体温のもっとも低い時期がくるためにおこるものである。体温がこうした逆転生活に順応するのには平均4日かかる。
(6)体動 一晩の眠りの間に30回くらいの寝返りをする。このうち、もっとも多いのは睡眠第1段階とレム睡眠の前後で、睡眠第3段階と第4段階(徐波睡眠)のときがもっとも少ない。体動は多すぎても少なすぎてもよい眠りとはいえない。
(7)発汗 入眠するとまもなく発汗が増加するが、眠りが進行するにつれて減少していく。とくにレム睡眠のときに強く抑えられる。
[鳥居鎮夫]
これまで述べてきたことは、ほとんどの人に共通の生理機能であるが、睡眠時にあっては、個人によって以下に述べるようなさまざまな現象をみせる。
(1)寝言 主として睡眠第2段階と第3段階にみられるが、かならずしもこの時期に限らない。しかし、レム睡眠期には寝言が少ない。レム睡眠期には口の周りの筋肉の緊張が消失するのではっきりしたことばにならないためである。
(2)睡眠時遊行症 眠っているときに突然起き上がって床の上に座ったり、ひどいときには歩き出したりするもので、子供に多いが老人にもみられる。子供では第3段階や第4段階でおこる。老人ではレム睡眠のときにあっても、筋の緊張が消失しないためにおこることもある。
(3)夜驚症 眠っているとき、突然声をあげて飛び起き、不安や恐怖に満ちたようすを示すもので、睡眠第4段階のときにおこる。
(4)夜尿症 排尿を随意的に調節できるようになるのは3歳くらいからであるが、この年齢以上になっても夜間に尿を漏らす場合をいう。夜尿症は4、5歳の小児の約10%に認められる。夜間睡眠の前3分の1に多く、しかも睡眠第3、第4段階の深い睡眠時に始まることが多い。小児では深い睡眠が多いため、夜尿がおこりやすい条件があるといえる。
(5)悪夢 主としてレム睡眠期に出現するもので、恐ろしい夢をみて目覚めてしまう状態をいう。目覚めたとき、恐ろしい夢の内容を詳しく思い出すことができる。悪夢は夜驚のときほど恐怖感、脈拍の増加などを伴わないし、目覚めたとき、ただちに周囲に適応することができる。悪夢はすべての年齢の人にみられ、不安や心配事、心労などがあると出やすい。また、人によって頻度は異なるが、一般に神経症の人は悪夢になりやすいとされる。
(6)歯ぎしり 正常人の5~15%にみられるが、小児期、思春期に比較的多い。睡眠中に咬筋(こうきん)の活動によって上下のあごをすり合わせる現象であるが、歯ぎしりによってその人が目覚めるとか、歯ぎしりに気づくことはない。どの睡眠段階でも出現するが、睡眠第1、第2段階にもっとも多くみられる。
(7)頭振り リズミカルに頭を左右に動かす状態で、入眠時によくみられる。小児に多く、思春期以後には少ない。指しゃぶりと同じような癖で、ストレスによって生ずると思われる場合もある。
(8)睡眠麻痺(まひ) 入眠時や朝の目覚めのときに、自分の手足を動かしたり、話したりすることができなくなる状態をいう。ときには、目を開けることさえできないこともある。睡眠麻痺の場合、本人は自分がどんな状態にあるか知っており、あとで思い出すこともできる。また、生々しい、あるいは恐ろしい幻覚を伴うことがある。一般に本人が睡眠麻痺から抜け出そうと努力したり、他人に話しかけられたりすると突然消失する。睡眠麻痺はレム睡眠の一種で、意識が覚醒状態にあるのに、筋肉が弛緩していて、夢の体験が持続する状態と考えられている。
(9)片頭痛 頭痛のために目覚めてしまうもので、レム睡眠期に出現しやすい。また、朝起きたときに片頭痛の体験を思い出す。思春期前にはみられない。片頭痛はレム睡眠期にみられる血圧の変動によると考えられる。
(10)狭心症 心臓の冠動脈に異常のある人はしばしば夜中に胸が一過性に締め付けられたり、痛みを感じる発作がおこる。これが狭心症で、その大部分はレム睡眠中に発生している。発作は、レム睡眠に入るとまもなく心拍数が速くなり、心電図に変化が認められ、数分後に息苦しくなって覚醒するという経過をたどる。予防としては睡眠薬でレム睡眠を抑えることが考えられる。
(11)胃痛 十二指腸潰瘍(かいよう)があると、夜中にみぞおちのところが痛んだり、不快感がおこる。胃痛もレム睡眠期にみられる。正常な人では眠ると胃液分泌が低下するのに対し、この病気がある人は逆に夜中に胃液の分泌が高まることが原因である。
(12)気管支喘息(ぜんそく) 喘息の患者はしばしば夜中に発作をおこす。成人の喘息では特定の睡眠段階との関係はみつかっていないが、小児の場合は夜中の後半に多発する。しかし、発作とレム睡眠とはかならずしも一致していない。また、睡眠第3、第4段階には発作はおこらない。
(13)いびき 睡眠中に上気道が狭くなり、呼吸気流に乱流がおこるのがいびきである。上気道の狭くなる原因として、鼻水その他の分泌物がたまる、肥厚性鼻炎、軟口蓋(なんこうがい)の異常、扁桃腺(へんとうせん)肥大、舌根沈下、肥満などがあげられる。対策としては耳鼻科的原因があれば治療を受けるとよい。また、いびきには睡眠姿勢が関係するから、いびきをかく人は横向きに眠るとよい。
(14)睡眠時無呼吸症候群 睡眠中に呼吸の停止が5回以上おこる病気である。いびき、昼間の眠気、起床時の頭痛などを伴う。この病気の患者の多くは、高血圧、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病を合併している。無呼吸を放置すると生命の危険がある。この病気が疑われる場合は、夜間の睡眠時の状態を調べることがたいせつである。患者の睡眠状態と呼吸状態を同時に測るために、終夜ポリグラフィーが不可欠である。脳波、心電図、胸部の動き、鼻からの気流などを連続的に測定することが行われている。
原因は、首の回りの脂肪沈着、扁桃腺肥大、アデノイド、舌が大きい、顎(あご)が小さいなどにより、上気道が閉塞するためである。しかし、生活習慣とも密接に関係があるので、治療法は、まず生活習慣を見直すことである。肥満の人は毎日散歩するなど運動を心がけるとよい。タバコや睡眠薬は無呼吸を悪化させるのでよくない。また、晩酌を減らすなどで無呼吸が軽くなる場合がある。気道が閉塞しないようにcPAP(シーパップ)とよばれるマスクをつけて寝る方法もある。これは、陽圧をかけて空気を送る装置である。
[鳥居鎮夫]
睡眠中には、身体機能ばかりでなく、精神機能にもいろいろな変化がおこる。一般に知覚や学習の能力は入眠後低下していくので、いわゆる睡眠学習(睡眠中に聴覚的に大脳を活動させ、学習や記憶をさせる方法)は不可能と考えられる。夢は睡眠中の精神機能の一つである。フロイト以降、夢の研究はいろいろに行われてきたが、朝覚醒してから思い出させる方法であったため、睡眠時期との関係は不明であったし、夢の内容もいくつかの夢が混じり合ってしまうなど、いろいろな問題があった。しかし、現在ではポリグラフ記録によって睡眠段階との関係を正確に調べることができるようになり、夢の科学的研究が可能となった。レム睡眠とノンレム睡眠のときに目覚めさせて夢をみていたかどうか調べたデータによると、レム睡眠期には70~80%、ノンレム睡眠期には0~50%の率で夢をみていた。ノンレム睡眠期の値がばらついているのは、夢の定義が研究者によって多少食い違っているためである。しかし、夢の内容のうち、筋道の通ったものだけを夢とし、漠然とした断片的な印象のようなものは夢としないと決めると、ノンレム睡眠期における夢は0%となる。
レム睡眠期を脳波像からみると入眠時に相当するため、脳の活動はノンレム睡眠期と比べてかなり高い水準にあると考えられる。したがって、レム睡眠期にはある程度の精神機能が可能である。身体的にみると、レム睡眠期には、瞳孔(どうこう)が極端に小さくなって光が入りにくい、耳も耳小骨についている筋肉が緩むため音が入りにくい、体の筋の緊張が消失するため手足からの感覚刺激が少ない、といった傾向が認められる。つまり、外界からの感覚刺激が脳に入らない状態にあるといえる。こういう状態のときに、脳の中である考えやイメージが浮かんでも、それらは現実の修正を受けないからそのまま進行する。さらにレム睡眠期には脳の機能が覚醒時よりもやや低下しているので、覚醒時のような論理的思考ができずに夢として展開される。夢の内容が非合理的で非現実的なものであるのは、こうしたことによっている。
[鳥居鎮夫]
睡眠を制御しているのは脳であると考えられているが、どのようにして睡眠がおこるかという脳の中の仕組みに関しては、いくつかの説がある。
(1)条件反射説 パブロフは条件反射の実験中、ことに条件反射がおこらなくなるような実験状況のとき、しばしばイヌが眠りに陥ることから、条件反射を抑制する過程が脳の特定の部位におこり、それが脳全体に広がって睡眠がおこると考えた。しかし、この抑制過程が具体的にどんな神経機構であるのかは不明である。
(2)刺激遮断説 音や光などの外来刺激が眠りの妨げになり、これらを遮断すると眠くなることはよく知られている。また、外来刺激ばかりでなく内部刺激、ことに筋肉からの求心性インパルスが脳に達しなくなると眠くなる。体を横にして筋の緊張を緩めると眠りやすいことはだれでもが経験することである。その他の内部刺激としては内臓感覚も無視できない。乳児が目覚めるのは主として空腹感、渇き、尿がたまるといった内臓感覚によっている。この考えを支持する実験がある。ベルギーの生理学者ブレメルF. Bremerは、ネコの脳を中脳のところで切断すると嗅覚(きゅうかく)と視覚以外の感覚性経路が遮断されて、大部分の求心性インパルスが脳に入らなくなり、そのネコは睡眠状態になることをみいだした。その後、アメリカの解剖学者マグーンH. W. Magounは、中脳の中で感覚経路だけを選択的に破壊しても動物は眠らないが、感覚経路から側枝を受けている中脳の網様体とよばれる部分だけを破壊すると眠りに陥ることをみいだし、この部分を上行性網様体賦活(ふかつ)系と名づけた。この賦活系は感覚入力によって賦活され、その活動が高まると覚醒し、その活動が低下すると眠るというように、きわめて明快に説明できるため広く受け入れられてきた。
(3)睡眠中枢説 嗜眠(しみん)性脳炎の患者の脳を剖検してみると、いずれも中脳から視床下部にかけて冒されている。また、脳炎で不眠になった症例では視床下部前部が冒されている。これらの所見に基づいてドイツの内科医エコノモは、視床下部に睡眠を調節する中枢があると想定した。さらにスイスの生理学者W・R・ヘスによって、ネコの視床を電気刺激すると眠りを誘発することができることが示され、睡眠は脳の中の睡眠中枢が興奮することによっておこるという考えが出された。この説は、睡眠は受動的におこるとする刺激遮断説と対立するが、現在では上行性網様体賦活系の活動を積極的に抑えるような仕組みが脳の中にあるとする考え方、つまり両方の説を折衷する説をとるのが一般的である。
(4)睡眠物質説 フランスの心理学者ピエロンと日本の生化学者・石森の二人が、まったく別個にイヌの断眠実験を行って、脳脊髄液に睡眠をおこす物質が存在することを発見した。1913年、ピエロンはその物質をヒプノトキシンと名づけた。その後、睡眠物質の研究が進み、現在数十種類が発見されている。そのなかで、生化学者・早石によりプロスタグランジンD2が睡眠物質の一つとして同定されている。
[鳥居鎮夫]
眠ったあとは疲労感がなくなることから、睡眠は疲労回復という意味でたいせつなものと考えられる。また、俗に「寝る子は育つ」といわれるように、睡眠は休養ばかりでなく建設の面も備えている。たとえば、日中にとった食べ物を消化・吸収して、体に必要な血と肉に変えていく、子供の成長はもっぱら夜中におこる、成人でも髭(ひげ)は夜中に伸びるなどである。頭の働きは使うことによって発達するものである、体は眠っていても脳が活動しているレム睡眠が乳幼児期に多いという事実を考え合わせると、脳の発育にレム睡眠が重要な役割をしていると考えられる。しかし、成人の場合のレム睡眠がどんな機能をもっているかはまだわかっていない。
睡眠の機能を明らかにするために、昔から断眠実験が行われてきた。最初はノンレム睡眠、レム睡眠の両方とも含めて全睡眠を遮断していたが、その後二つの睡眠の機能を知るために選択的に遮断することも試みられた。ヒトで全断眠を行った場合、一般に知覚が鈍磨し、反応速度や記憶力などが低下するほか、ときには視覚性幻覚も生ずる。なお、ヒトがどのくらい眠らずに耐えられるかという実験では、アメリカのカリフォルニア州の17歳の高校生が264時間眠らなかったという記録がある。日本では23歳の学生の101時間8分30秒という断眠記録がある。選択的断眠にはノンレム睡眠のうち、第3と第4段階(徐波睡眠)だけを遮断することが可能である。また、レム睡眠はノンレム睡眠のあとに出現するから、レム断眠も可能である。レム睡眠あるいは徐波睡眠を選択的に遮断したあと、遮断しない睡眠と比較しても両者の間には差がみられない。このことから、日中の精神活動に影響を及ぼすのは、睡眠の質ではなくて睡眠量であり、1日3時間の睡眠量が正常な遂行水準を維持するための下限であるといわれている。普通の人の睡眠時間は環境によってかなり変動する。夏休みには一晩に10時間眠ったのに、学校の授業が始まると7時間しか眠らないという学生も多い。また、心理的には、一般に「うまくいっている時期」、たとえば楽しい仕事に熱中しているときは睡眠要求が減り、したがって睡眠時間が短く、ストレスが強いとき、心配事があるとき、悩み事があるときには睡眠要求が増し、睡眠時間が長いという傾向がある。ただし、不安などがあまりに強いと、逆に睡眠が障害され、高まった睡眠要求を満足させることができなくなる。他方、睡眠時間があまり変わらない人たちがいる。このうち、つねに9時間以上眠る人をロング・スリーパー、つねに6時間以下しか眠らない人をショート・スリーパーという。脳の使い方による差ともいわれている。
[鳥居鎮夫]
眠るということは、生理的に必然的で、自然な行為と考えられているが、眠り方には明らかに文化的、社会的な型がある。
[武井秀夫]
なんの寝具も必要とせず、地面あるいは床にそのまま眠るものから、枕(まくら)の使用、掛け物の使用、暖房としての火の使用などの有無、また、寝台やハンモック、敷物の使用など、寝具の利用の仕方にはさまざまな型が認められる。
[武井秀夫]
眠りの姿勢も多様である。東アフリカのマサイ人は立ったまま眠ることがあるといわれる。アラブの遊牧民ベドウィンは「フブワを結ぶ」という特殊な座り方でよく居眠りをし、チベット人のある者は座って上体を伏せ、祈るような姿勢で眠るという。座ったままの居眠りは日本人にもよくみられる。横になる姿勢も一様ではないが、ときには文化的に様式化された姿勢が存在する場合がある。ギリシアの牧民の間には、四肢を折り曲げてエビのような形になって寝る姿勢が習慣化しているという。
[武井秀夫]
睡眠のための時間が1日の24時間のなかの一定の部分に制度化されているという、われわれにとっては当然と感じられる事態も、けっして普遍的ではなく、どの社会にもみられるわけではない。生業労働の季節的変動が大きい場合には、それに伴う労働時間、生活環境の変動につれて睡眠のとり方も変化する。また、さまざまな儀礼にみられることであるが、普段は眠っているはずの時間を、ときには何昼夜も眠らずに過ごすことに意味が与えられている場合もある。
[武井秀夫]
睡眠のための空間は、他の生活空間と同一であることもあれば、分離されていることもある。空間の利用は、男女別であったり、親族・家族別であったり、個人単位の場合もある。また、神託、予言などを得ることを目的とした睡眠に対しては特別の空間(神殿、聖地など)が制度的に割り当てられることが多い。
[武井秀夫]
睡眠は古代以来多くの民族で、死に関連した一つの状態、つまり「仮死」の状態とみなされてきた。ギリシアのアリストテレスは睡眠をすべての動物に、そして動物のみにみられる周期的現象であるとし、その原因は、表象作用をつかさどる諸器官の持続的活動からくる疲労を周期的に回復させる必要にあると考えた。彼によれば、夢は、睡眠に入る前に受けた刺激によって継起した表象作用が知覚中枢にかすかに遺残することの直接的結果であるという。しかし、睡眠と夢に関するこうした哲学的ないし生理学的見解は、近代以降を除けば、けっして一般的であったわけではない。ギリシア神話においても、眠り(ヒュプノス)は、夜(ニュクス)から死(タナトス)、夢(オネイロス)、運命(モイラ)などを兄弟として生まれている。睡眠は、生よりもむしろ死に近い、人間あるいはその霊魂の一状態であり、夢はそうした状況下における霊魂の経験であるとする見解は、多くの民族にみいだされる。人間は肉体と霊魂(一つ、あるいは複数。メキシコのインディオの例では13の要素からなるものもある)とからなり、睡眠時には霊魂(一つ、あるいはいくつか)が肉体から離脱し、地上(現世)や天上や地下などの他界を彷徨(ほうこう)する。このときの経験が夢となる。霊魂が離脱した肉体は仮死の状態にあり、もし離脱した霊魂が戻ってこないと、病気になり死んでしまう。それゆえ、眠っている人をみだりに起こしてはいけないとする観念もまた広くみられるものである。また、メキシコのインディオのなかには、各個人には同じ魂をもつ「仲間の動物」があり、この動物が死ぬと人間も死ぬという信仰をもつ人々がいるが、彼らが「仲間の動物」が何かを知るのも夢が多い。睡眠は「仮死」であるがゆえに、生と死、現世と他界とを媒介する状態なのであり、睡眠状態における唯一の経験としての夢は、他界との交流の手段(神託、予言、予兆、正夢、逆夢など)として、社会的にも個人的にも重要な意味をもつものとみなされてきたのである。
[武井秀夫]
睡眠は高等動物の休息(不活動)期にみられる適応行動で、本能の一つである。身体機能の修復、エネルギーの節約、脳機能の調整を図るため、種に固有の様式で周期的に発現する。
睡眠には意識の消失、感覚閾値(いきち)の上昇、筋緊張の低下を伴っているが、見かけだけでは単なる休息と睡眠とを区別できないことがあるので、少なくとも脳波、できればさらに筋電図や体動の同時連続観測から特定のパターンをみいだすことによって厳密な定義が可能となる。脳波からは睡眠に二つのパターン(徐波睡眠と逆説睡眠)が区別される。これらは、恒温動物の鳥類と哺乳(ほにゅう)類だけに明瞭(めいりょう)に認められるものである。変温脊椎(せきつい)動物では、爬虫(はちゅう)類の一部を除いて脳波の変化がみられないが、行動上の変化から睡眠があると常識的に考えられている。しかし、無脊椎動物と植物には睡眠がないとみなされることが多い。睡眠は、動物体内部からの周期的な欲求に基づいて生じる可逆過程なので、外部環境の変化が引き起こす冬眠、夏眠、休眠とは異なる現象である。
多くの動物は、睡眠のためのねぐらをもっている。これは、身体が動けない状態でも安全かつ快適である必要性からであろう。目を閉じたり、頭を胴や翼の中に入れるのは、感覚入力を遮断して眠りやすくする効果がある。睡眠姿勢も種に特有のパターンがある。外敵に襲われやすい草食獣は立ったままごく短い睡眠(ミニ睡眠)を繰り返している。長く眠ると水底に沈んでおぼれてしまうイルカ類では、水面を泳ぎながら数秒から数十秒だけ眠ったり(マイクロ睡眠)、脳の片半球ずつ交互に眠ったりするという。
睡眠時間帯の日内分布、1回の眠りの持続時間とそのなかでの睡眠周期の頻度、眠りの深さ、徐波睡眠と逆説睡眠の比率などは、動物の種、食性、年齢、環境条件、脳の発達レベルなどで違っていてきわめて多様である。
[井上昌次郎]
『鳥居鎮夫著『行動としての睡眠』(1985・青土社)』▽『鳥居鎮夫編『睡眠の科学』(1984・朝倉書店)』▽『松本淳治著『眠りとは何か』(1976・講談社)』▽『井上昌次郎著『眠りの精をもとめて』(1968・どうぶつ社)』▽『メディス著、井上昌次郎訳『睡眠革命』(1984・どうぶつ社)』▽『ボルベイ著、井上昌次郎訳『眠りの謎』(1985・どうぶつ社)』
動物において,体の動きが静止していて外来刺激に対する反応が低下している状態で,繰り返して起こり,容易に覚醒しうる状態と定義される。この行動状態は一定の脳波変化を伴う。また繰り返して起こり,容易に覚醒する点で昏睡などとは異なる。
一晩の睡眠は覚醒から深い睡眠に入り再び覚醒にもどるという単純なものではない。現在,睡眠は多くの要因が複合した状態とみなされ,研究上,睡眠構造として睡眠要素(睡眠段階と睡眠周期)と,それらの相互関係を記載することになっている。
(1)睡眠段階 ノンレム睡眠とレム睡眠の2種類の睡眠がある。ノンレム睡眠non REM sleepは通常4段階に区別されている。第1段階(S1)は覚醒時のα波(8~12Hz)が消えて振幅の小さいθ波(4~7Hz)となる。正常の睡眠ではS1は比較的短く,1~2分である。外からの刺激に対する反応性は低下している。たとえば,セロハンテープで目が閉じられないようにしておいて,S1のときに絵を提示しても見えない(記憶がないし,思い出せない)。この段階での精神活動は通常短い,断片的な思考である。多くの人は主観的にはS1のとき覚醒していると思っている。S1はある面では睡眠に似ている(刺激に対する反応性が悪い)が,他の面では覚醒に似ている(脳波の振幅が小さい)ので,おそらく完全な睡眠というよりは移行相とみるべきであろう。第2段階(S2)は睡眠紡錘波(12~14Hz波で1~2秒続く)とK複合波(振幅の大きなゆっくりした2相性の波)の出現によって判定される。S2は疑問の余地のない睡眠である。第3段階(S3)と第4段階(S4)はδ波(1.5~3Hz)の量によって区別されるが,しばしば区別困難なことがあるので,いっしょにして徐波睡眠と呼ぶことが多い。この段階が最も深い眠りとされ,外来刺激に対して覚醒しにくい。
レム睡眠REM sleepはノンレム睡眠と約90分間隔で交代する。レム睡眠の脳波はS1のときと似ているが,覚醒時と同じ急速眼球運動rapid eye movement(REM)がみられることでS1と区別される。この特徴のためにレム睡眠と呼ばれ,他の睡眠段階ではレムがみられないのでノンレム睡眠と呼ばれる。その他,レム睡眠期には筋緊張の消失(くびとあごの筋肉に著しい),四肢の小さな痙攣(けいれん)がみられる。
(2)睡眠周期 各睡眠段階はランダムに起こるのではなく,周期的に現れる。一般に正常成人では,覚醒からノンレム睡眠を経て最初のレム睡眠が現れるまでに70~90分かかる。この期間をレム潜時と呼ぶ。最初のレム睡眠のあと再びノンレム睡眠となり第2のレム睡眠が現れる。この間隔(一つのレム睡眠の終りから次のレム睡眠の終りまで)を睡眠周期と定義する。しかし,これでは最初のノンレム睡眠の期間が含まれないから,一つのノンレム睡眠の始まりから次のノンレム睡眠の始まりまでとすることもある。睡眠周期の持続時間は約90分とされているが,実際には70分から120分まで変動する。また,睡眠周期の内容も変動し,睡眠後半には徐波睡眠はほとんどみられない。一方,レム睡眠は朝に向かって長く続くようになる。平均の長さは約15分であるが,しばしば1時間も続くことがある。
睡眠の定義に従うと,大部分の脊椎動物には睡眠があるといえる。魚と両生類では静止し刺激に対して反応がにぶくなる時期があるが,睡眠脳波がみられない。爬虫類は行動的にも睡眠がみられ,周波数のおそい睡眠脳波がみられる。レム睡眠によく似た状態が短時間だが記録される。鳥類では明らかにノンレム睡眠とレム睡眠の両方が存在するが,レム睡眠は短く,全睡眠時間のわずか1~5%にすぎない。哺乳類では明りょうなノンレム睡眠とレム睡眠がある。一般に肉食動物は草食動物よりレム睡眠が多い。雑食動物はその中間である。これは適応と淘汰の観点から説明できる。レム睡眠では完全な筋肉の弛緩が起こるため,草食動物にとってレム睡眠は危険な状態なのである。
新生児は16~18時間を睡眠に使う。そしてその睡眠の半分がレム睡眠である。青壮年は7~8時間を睡眠に使い,そのうち6時間がノンレム睡眠,1~2時間がレム睡眠に使われる。ノンレム睡眠とレム睡眠の両方とも年齢が増加するとともにわずかに減少する。ヒトと同じように幼い哺乳類はつねに成熟した動物より多く眠る。
(1)血圧 入眠後低下するが漸次上昇し,明け方覚醒とともに急上昇する。ノンレム睡眠と比較して,レム睡眠で約5mmHg高く,急速眼球運動と一致して30mmHgにも及ぶ一時的な上昇がみられることがある。(2)心拍数 おおむね睡眠深度と並行して減少するが,レム睡眠に入ると一時的に増加する。心臓疾患のあるヒトではレム睡眠期に急激な心拍数の増加に引き続いて狭心症発作を起こすことがある。(3)呼吸数 ノンレム睡眠でゆっくり,そして規則正しくなるが,レム睡眠では速く,不規則になる。肥満体のヒトで睡眠中しばしば呼吸が止まり,そのため睡眠が障害される(睡眠時無呼吸)。(4)発汗 手掌の発汗量はあまり変化がないが,胸部ではノンレム睡眠中に増加し,レム睡眠で減少する。睡眠の経過につれて発汗量が減少し,朝方のレム睡眠が持続するころにほぼ極小になる。(5)消化器 胃腸の運動や胃液の分泌は睡眠中に減少する。十二指腸潰瘍患者ではレム睡眠時に胃液分泌が亢進し胃痛を訴えることがある。(6)陰茎勃起 レム睡眠に同期した勃起がみられる。幼児にもレム睡眠に同期した勃起がみられるし,老人でもレム睡眠の45%にみられる。インポテンツの鑑別診断に応用されている。(7)尿量 レム睡眠期に尿量が減少し比重が増加する。抗利尿ホルモンの分泌が増加するためである。(8)内分泌系 成長ホルモンは徐波睡眠開始と同期して分泌が高まる。その他,プロラクチン,副腎皮質刺激ホルモン,性腺刺激ホルモン,甲状腺刺激ホルモンなども睡眠時に分泌が高まる。これらのホルモンはいずれも同化ホルモンで,睡眠時に同化過程が盛んになっていることを示唆している。(9)皮膚温 睡眠中足先が最高,額が最低で,〈頭寒足熱〉の生理学的基礎になっている。足底温は睡眠の深さの指標になり,入眠前に上昇しはじめ,睡眠の進行とともに上昇し,覚醒で急激に下降する。(10)直腸温 横になっただけで約0.1℃低下するが,睡眠でさらに0.2℃低下する。直腸温が最も低い朝方にレム睡眠が多い。(11)体動 寝返りなどの粗体動と四肢の痙攣のような細体動とがある。粗体動はS1とレム睡眠に多く,S2,S3,S4は少ない。1晩に20~40回が正常である。
睡眠中には生理機能ばかりでなく,精神機能にもいろいろな変化が起こる。一般に知覚や学習の能力は入眠後低下していくので,いわゆる睡眠学習は不可能である。夢は睡眠中の精神機能の産物の一つである。実際にレム睡眠やノンレム睡眠時に呼び覚まして夢をみていたかどうか調べると,夢をみていたのはレム睡眠時で70~80%,ノンレム睡眠時では0~50%であった。
睡眠の開始と維持はきわめて複雑な行動である。たとえば,快適な環境で自発的に起こるネコの睡眠行動をみると次の4相に分けることができる。(1)第1相 ネコは落ち着く場所を探し,毛づくろいをし,あくびをし,丸くなる。(2)第2相 目を閉じてうとうとしているが,刺激に対して反応する。(3)第3相 睡眠は深く,刺激に対する反応は低下する。呼吸数は減少し,瞬膜はゆるみ,瞳孔は縮小している。(4)第4相 睡眠行動の最後の相で,レム睡眠に相当する。頸筋緊張の消失,急速眼球運動がみられる。このように睡眠行動をいくつかの相に分けてみると,睡眠行動の神経調節には本能行動に特有な階層性の体制がはっきりと認められる。すなわち,レム睡眠は脳幹で統御され,間脳は睡眠覚醒の交代という周期的な現象を統御している。大脳辺縁系や新皮質は適当な寝場所を探し,選択するなどの有意行動を統御している。
レム睡眠を起こす脳の場所は比較的明らかになっている。橋の前で脳幹を切断したいわゆる橋ネコは,レム睡眠の徴候である急速眼球運動や筋緊張消失が周期的に起こる。しかし,橋網様体の一部(青斑核アルファと呼ばれる部分)を破壊すると,レム睡眠の徴候が起こらなくなる。したがって,橋網様体にレム睡眠の中枢が存在することがわかる。
上丘の前端で中脳を切断したネコを1年以上生かしておくと,脳幹と完全に切り離された大脳に睡眠と覚醒に相当する脳波パターンの交代がみられるようになる。他方,視床下部のみを破壊すると昏睡状態になり,睡眠と覚醒の交代がみられなくなる。したがって,大脳のなかの視床下部に睡眠覚醒の基本的なリズムが形成されると考えられている。
無拘束,無麻酔のネコの視床を低頻度で電気刺激すると,20秒くらいの時間を置いて活動がにぶくなり,眠気の徴候が現れる。ネコは実験台の上で,うずくまるのに適当な場所を探すかのように歩き回りはじめる。ついで前肢を身体の下に折り込んでうつ向き姿勢でうずくまる。まぶたが下がり,瞬膜がゆるみ,瞳孔はだんだん細くなる。そして数分後にネコは丸くなって眠り込んでしまう。この状態になると音刺激ではなかなか起きないが,肉のにおいをかがせると目覚める。
大脳辺縁系(海馬)を刺激すると,寝場所を探し,毛づくろいをするなどの行動がひき起こされる。大脳核のなかの尾状核の刺激では静止状態がひき起こされる。これらは入眠期の一連の行動が前脳によって統御されていることを示している。
睡眠リズムは時間の単位で推移する現象であり,ミリ秒の単位で生起する脳の電気的現象とかなり違う。したがって,睡眠リズムの調節は,神経ホルモンなどの体液性因子の研究によって解明さるべき性質のものであろう。(1)生体アミン モノアミン仮説が支配的である。ノンレム睡眠はセロトニンによってひき起こされる。セロトニンの代謝産物がノルアドレナリンを介してレム睡眠を駆動し,かくして,ノンレム睡眠・レム睡眠の連鎖が回転すると説明されている。(2)睡眠物質 20世紀の初めに,フランスのピエロンH.Piéronらが10日以上断眠させたイヌの脳脊髄液を別の正常なイヌの脳室に注入すると,数時間にわたって眠ることから,覚醒中に脳のなかに疲労物質が蓄積し,これが脳脊髄液や血液のなかに入って睡眠を起こすと考えた(ヒプノトキシン説,1910)。その後多くの研究者によって催眠作用をもつ有効成分の単離抽出が行われている。この物質はいくつかのアミノ酸からなるペプチドであることから,睡眠ペプチドと呼ばれている。この物質はノンレム睡眠に関係があると考えられている。他方,レム睡眠に関係のある物質として低級脂肪酸と有機臭素化合物が挙げられている。有機臭素化合物は脳脊髄液中に1.0mg/dl程度含まれ,年齢とともに減少すること,レム睡眠と並行して増減すること,合成物を血液中に投与するとレム睡眠が増加することなどが知られている。
睡眠は単なる休息ではなくて,積極的な建設の面がある。病気に対する免疫や治癒力は睡眠時につくられる。昔から興奮して眠らない病人の予後が悪いことが指摘されている。また,俗に〈寝る子は育つ〉というように,成長ホルモンは睡眠中に分泌され,子どもの成長はもっぱら眠っている間に行われる。睡眠の機能を調べるために眠らせないでおくとどんなことが起こるかをみる断眠実験がある。現在までのところ,医学雑誌に発表されたもので,200時間以上の断眠は7例にすぎないが,共通した結果がある。一般に3日目を過ぎると,思考力,判断力,注意集中などが急激に鈍り,錯覚や幻覚が現れる。しかし,身体のほうはほとんど影響を受けない。したがって,脳を休養させることが睡眠のいちばん重要な役目ということになる。身体のほうは眠らなくても動かずにいれば休まるが,脳のほうは眠らないと休まらないので,まいってしまうのである。
必要な睡眠時間は人によって異なる。性格的に長時間睡眠者(9時間以上)と短時間睡眠者(6時間以下)とがあるが,普通の人は睡眠時間の要求量は生活環境によってかなり変動する。一般に仕事が順調に進んでいるときには睡眠要求量は減少する。精神的な疲労は睡眠要求量を増加させるが,しばしば興奮状態を伴うため入眠を妨げることもある。これに対して良質な睡眠を得るための最もよい方法は身体運動である。運動によって最初の睡眠周期内の徐波睡眠が増加するからである。自律訓練法もよい。〈眠いときには手足の皮膚温が上がる〉という生理学的な事実を利用して,就寝前,手が温かくなると自己暗示をかけるのである。昼間の不安,不満などが尾を引いていて神経が高ぶっているときは,アルコールを飲んで気分を転換させることもいい。ワインにはレム睡眠を増やす作用をもつ低級脂肪酸が含まれている。また,就寝前に温かい牛乳を飲むこともよい。牛乳にはトリプトファンが含まれていて,これが身体のなかでセロトニンになる。この物質はノンレム睡眠,レム睡眠をひき起こす作用がある。
深く眠るには寝具についての配慮も必要である。自由に寝返りがうてるやや硬めの敷布団と軽い掛布団が好ましい。熟睡するためには適当な回数の寝返りが必要である。室温は20℃くらいで,寝具内の温度は36℃くらい,湿度は60%前後が最も眠りやすいとされている。
睡眠障害の最も代表的なものは不眠症であるが,これについては〈不眠症〉の項目を参照されたい。ここではそれ以外の睡眠障害について述べる。
(1)ピクウィック症候群 肥満が原因の居眠り病である。高度の肥満になると,首の周りに脂肪が蓄積し気道の狭窄が起こりやすい。とくにあおむけに寝るときには舌が沈下するので,気道の狭窄が起こり,空気が肺に入らなくなる。1分も呼吸が止まっていると苦しくなって目が覚める。あえぐようにして息を吸い込む。このとき大きないびきとなる。血液の酸欠が消失するとすぐに眠りに入り,また同じことを繰り返す。こうして毎晩何十回も目を覚ますが本人はまったく気づいていない。しかし夜ほとんど眠っていないから日中ひどく眠いと訴える。絶えず眠気に脳まされつづけ,時と場所を選ばず,少しでも緊張がとれる状態になるといつの間にか眠り込んでしまう。チャールズ・ディケンズの小説《ピクウィック・ペーパーズ》のなかに出てくる肥満の少年の描写がこの病気の患者とそっくりなところから病名がつけられた。治療は気管切開をして睡眠中も呼吸ができるようにしておき,肥満を治すことである。
(2)オンディーヌの呪い症候群 睡眠中に呼吸が止まる病気で,頸椎の手術のあと,延髄の出血のあとなどに起こる。呼吸を統御している脳の部分が傷害されたために起こるもので,昼間覚醒しているときでも呼吸が不規則となるが,眠ると呼吸中枢の働きがさらに低下するので呼吸が止まってしまう。ドイツの伝説に妖精を裏切ったために呪いをかけられて,眠ると呼吸が止まり眠ることができなくなった騎士の物語がある。病名はこの妖精の名前をとってつけられた。この場合は人工肺が必要となる。
最近,まったく健康と思われていた乳児が睡眠中に突然死亡する例があり,乳児突然死症候群として注目されている。未熟児に多く,覚醒時には正常に呼吸しているが,眠ると呼吸が止まるためで,オンディーヌの呪い症候群のなかに含まれるものである。
(1)夢中遊行 夢遊病とも呼ばれる。幼稚園から小学校までの子どもの15%にみられる。特別な原因のない場合が多く,放置しておいてもほとんど自然に消失する。夢中遊行はつねにノンレム睡眠の深い段階(徐波睡眠)から起こる。そして歩いたりいろいろな動作をしているときでも脳波には振幅の大きい徐波がみられる。脳の発育が未熟なために起こる。このとき子どもは見当識を欠いており,翌朝きいてみても覚えていない。(2)夜驚 睡眠中に突然大きな叫び声をあげて起きあがり,手足をばたばたさせるなど,強い不安や恐怖のようすを伴う。これも徐波睡眠から起こる。(3)夜尿 4~5歳の子どもの15%くらいにみられる。夜間睡眠の前半に多く,徐波睡眠のときに起こる。(4)悪夢 レム睡眠のときに体験する。恐ろしい夢をみて目覚めてしまう状態。この場合,夢の内容をよく記憶していることが特徴である。(5)睡眠麻痺 これはいわゆる〈金縛り〉の状態で,入眠時とか朝の目覚めどきに起こり,自分の手足を動かすことができない。本人は自分がどんな状態にあるか知っており,あとで思い出すこともできる。ときに,恐ろしい幻覚を伴うことがある。この状態もレム睡眠の特殊な場合と考えられている。
→夢
執筆者:鳥居 鎮夫
睡眠は心身を休息させる状態である一方,お籠りの風習によって知られるように,夢をみるための状態でもあった。インド北部のヒンドゥー教徒は,夢をみているときは魂が体を抜けて自由にさまよっていると考えたが,こうした考え方は多くの文化において知られている。したがって睡眠状態は神秘的でもあり,不安な状態でもある。それゆえ,睡眠中はいろいろな寝相をとることはあっても,眠りにつく際には多少とも文化的な型が認められる。ヒンドゥー教のバラモン階級では寝る場所を掃き清めて横になり,顔が西や北には向かないように寝る。日本でも北枕をよくないとしている地方は多い。神経症の人には,寝るまえにシーツのしわをていねいに伸ばしたり,布団をきまった回数たたくなど,就眠儀式をしないと眠れないという例もある。また近代以前においては西欧世界でもひとりで寝ることはふつうではなかった。寝る姿勢については,アフリカのサンやハツァピの人々のように,簡単な寝屋を作り地面に寝るときには,体側を下にしてひざを曲げ,体を丸めるようにして寝る例が多い。あおむけになって体をまっすぐにして寝る例は少ないようである。寝る時間については文化の規制がはたらくことが多い。チベットには昼寝をよくないとする考え方があり,とくに病人は昼に寝ないように介添えされる。しかし一方では日本の昔の農村のように,昼寝を認めた例もある。職業による睡眠のとり方の違いもみられ,とくに夜間の出漁を常とする漁業や家畜の遊牧についている人の場合などは,眠れる時と場所で随時眠る。しかし,こうした睡眠の例を通して,睡眠が休息の状態であることを強調することは,反面,昼間の覚醒時の状態の価値を高くみる考え方と関係し,夢の価値が下落したことや近代産業社会での労働の価値の強調とも関係するように思われる。理性の優位性を認める西洋哲学の影響も考えられよう。もともと睡眠は生物の日周期活動の相の一つであって,睡眠と覚醒との2相で一体のものであり,睡眠はそれ自体として一つの生命活動である。
→昼寝
執筆者:藤岡 喜愛 インドでは古来,睡眠は夢眠状態と熟睡状態とに分類される。これに覚醒状態を加えた三状態が,心のあり方として考察された。《チャーンドーギヤ・ウパニシャッド》のウッダーラカ・アールニの説によれば,熟睡は,生類が永遠不変の有であるブラフマンと合一した状態であるという。また,《マーンドゥーキヤ・ウパニシャッド》に始まり,シャンカラなどのベーダーンタ学派で考察される自我(アートマン)の四状態というものがある。それによれば,覚醒状態にある自我はビラージ,夢眠状態にある自我はタイジャサ,熟睡状態にある自我はプラージュニャなどといわれ,外官,内官,根源的無知(無明)の働きのために自我は制約を受けている。これとは別の第四の状態において,自我は不可説,無部分の本来の姿を示すという。
執筆者:宮元 啓一
仏教ではミッダmidhaの訳,スイメンと読み,覚醒の対極として悟りを妨げる煩悩(ぼんのう)と同意に用いる。俱舎(くしや)や唯識(ゆいしき)では心が定まらない状態をいう不定地法の一に位置づけられている。また心をおおいかくして善心を妨げる五蓋(がい)の一,十纏(てん)の一に数えられる。睡眠のむさぼりは煩悩としてしりぞけられるが,睡眠に伴う夢は夢告・霊告の形をとって日本仏教史上にしばしば登場する。夢は,修行が心の解放を目指すのと同様に,肉体的な束縛を離れて時空を自由に飛翔でき,また現実の世界だけでなく死者や神とも交霊することのできる手段の一として文化史的に広く見いだされる信仰に支えられている。ギリシアでは夢の送り手はゼウスなどの神々で,直接領主や王に伝えられると考えられ,領主や王以外の人がみた夢は専職者に解釈をゆだねた。古代バビロニア,エジプト,イスラエルの文献にも神の啓示としての夢に関する記述が多くみられる。旧約聖書にはベテルでのヤコブの夢に主が示したように子孫が繁栄する話(《創世記》第28章以下),世界の終末が〈バビロニアのノア〉として夢告される《ギルガメシュ叙事詩》,バビロニアの《夢の書》といった夢解釈のテキストの編纂など数多い。神の啓示を得ようと特定の聖なる場に参籠することもなされた。ギリシアのアスクレピオスを祭るエピダウロスの神殿は治病の夢告で知られ,マキールの神殿はバビロニアの夢の神の神殿である。上代日本人にとっても神意を神を祭る清浄な神牀(かむとこ)に寝て得ようとしたことが《古事記》崇神天皇・安康天皇の条にみられる。タイラーが夢の現象からアニミズムをあらゆる宗教の起源と考えたことは有名である。
→夢
執筆者:藤井 正雄
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