木門田村(読み)きもんでんむら

日本歴史地名大系 「木門田村」の解説

木門田村
きもんでんむら

[現在地名]尾道市木(き)ノ庄(しよう)町木門田

畑(はた)村の西南にあり、もと門田村と称したが、御調郡にもう一つの門田村(現御調郡御調町)があるため、木頃門田(きごろもんでん)村と称し、のち木門田となる。村域は山地が大部分で、中央部を木門田川が蛇行して南流、村の中部近信(ちかのぶ)・頼広(よりひろ)と南部石畦(いしぐろ)でやや広い平坦地を形成。木門田川の支流には開析谷が形成され、谷の上流には溜池が築かれている。吉井(よしい)谷から須恵器の登窯である吉井谷窯跡が発見された。中世には杉原氏の勢力圏に含まれていたと考えられ、次いで毛利氏の領国となった。

元和五年(一六一九)の備後国知行帳には「門田村」とあり、高六五五・三六三石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む