村松喬(読み)ムラマツ タカシ

20世紀日本人名事典 「村松喬」の解説

村松 喬
ムラマツ タカシ

昭和期の教育評論家 元・東海大学文明研究所教授;元・毎日新聞論説委員



生年
大正6(1917)年5月22日

没年
昭和57(1982)年11月15日

出生地
静岡県森町

学歴〔年〕
早稲田大学文学部英文科〔昭和15年〕卒

主な受賞名〔年〕
菊池寛賞(第16回)〔昭和43年〕「教育の森」,毎日出版文化賞(第22回)〔昭和43年〕「教育の森」,日本ジャーナリスト会議賞〔昭和43年〕「教育の森」

経歴
昭和15年毎日新聞社に入社将棋観戦記者を経て学芸部長となり、「教育の森」シリーズを手がけた。子供、両親、教師、学校をめぐる教育状況などを描き、その後の教育問題に大きな影響を与えた。47年論説委員を最後に辞職以後、東海大、芦屋大の各教授をつとめるかたわら、教育評論家として執筆講演に活躍した。作品に小説「異郷の女」、「教育の森」(全12巻)、「実録『将棋戦国史』」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「村松喬」の解説

村松喬 むらまつ-たかし

1917-1982 昭和時代新聞記者,評論家。
大正6年5月22日生まれ。村松梢風(しょうふう)の子。毎日新聞学芸部長をへて論説委員。教育現場取材チームのキャップとなり,昭和40年から1032回にわたり「教育の森」を連載,菊池寛賞などを受賞した。のち東海大,芦屋(あしや)大教授。昭和57年11月15日死去。65歳。静岡県出身。早大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「村松喬」の解説

村松 喬 (むらまつ たかし)

生年月日:1917年5月22日
昭和時代の新聞記者;教育評論家。東海大学教授;毎日新聞論説委員
1982年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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