東小田峯遺跡(読み)ひがしおだみねいせき

日本歴史地名大系 「東小田峯遺跡」の解説

東小田峯遺跡
ひがしおだみねいせき

[現在地名]夜須町東小田

宝満ほうまん川左岸の段丘上にある。昭和元年(一九二六)に前漢鏡一面と鉄戈が副葬された甕棺墓が発見され有名になった。その後数回部分的に調査されたが、同六〇年度から三ヵ年にわたる三万平方メートルの発掘調査で全容がほぼ明らかになった。弥生時代から古墳時代の大規模な遺跡で、墳丘墓二基・竪穴住居跡四五七軒・甕棺墓五三二基などの遺構とともに膨大な量の遺物が出た。特記すべき遺構には二基の墳丘墓がある。弥生前期初頭の一号墳丘墓は断面がV字状の溝をコの字に配して墓域を区画し、地山整形で墳丘を造り出しており、周溝を含めた規模は東西二二・三メートル、南北一二・二メートル程度である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む