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松平定直 まつだいら さだなお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平定直 まつだいら-さだなお

1660-1720 江戸時代前期-中期の大名。
万治(まんじ)3年1月19日生まれ。伊予(いよ)(愛媛県)今治(いまばり)藩主松平定時(さだとき)の長男。松平定長(さだなが)の養子となり,延宝2年伊予松山藩主松平(久松)家4代。治世47年,高内(たかない)又七を総奉行に登用して用水池の改修,定免(じょうめん)制の導入など農政改革をおこなう。学問,俳諧(はいかい)をこのみ,大山為起(ためおき)らおおくの学者や俳人をまねいた。享保(きょうほう)5年10月25日死去。61歳。通称は万之助。号は三嘯,橘山,日新堂。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の松平定直の言及

【松山藩】より

…伊予国(愛媛県)の家門中藩。1602年(慶長7)伊予郡正木(松前)(まさき)城主20万石の加藤嘉明が松山城を築城したことに始まる。27年(寛永4)嘉明の会津転封後,蒲生忠知が領主となるが,その急逝後,35年伊勢国桑名城主松平(久松)定行が15万石の領主となり,廃藩まで松平氏14代の支配が続いた。その領地は風早郡,和気郡,久米郡,温泉郡,伊予郡,浮穴(うけな)郡に及んだ。定行は松山城の改修,道後温泉の整備,緋の蕪(かぶら)の生産,タルトや五色そうめんの製造と関連して知られている。…

※「松平定直」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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