コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

松永永種 まつなが ながたね

美術人名辞典の解説

松永永種

号保童坊・宝幢坊・源庵。久秀の子、貞徳の父。7才にして東福寺に入り、僅か二旬にして法華経の一部を誦読して人を驚かせたり、連歌をよくし之を安休・貞徳に伝えた。天正17年(1589)歿。没年には異説あり。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松永永種 まつなが-ながたね

1538-1598 織豊時代の連歌師。
天文(てんぶん)7年生まれ。摂津高槻(たかつき)城(大阪府)城主入江政重の子。松永貞徳の父。7歳で東福寺の喝食(かっしき)となるが,のち還俗(げんぞく)。谷宗養(そうよう)に連歌をまなび,細川幽斎,里村紹巴(じょうは)らとまじわった。慶長3年死去。61歳。生没年には異説もある。号は徳庵。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

松永永種の関連キーワード連歌師永種

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android