日本大百科全書(ニッポニカ) 「染色化学」の意味・わかりやすい解説
染色化学
せんしょくかがく
chemistry of dyeing
染色現象を科学的に追究するための学問分野を染色化学と称する。水溶液あるいは糊(のり)剤に溶解または分散した染料が、繊維に移動し定着する現象を染色という。染色はこのように、物理化学的にみれば、溶液、分散相、繊維相の間の染料および助剤の移動、定着を含む現象であるので、たいへん複雑であり、多分野の物理化学的知識を総合して、初めて理解しうるものである。
[飛田満彦]
染色化学の内容
染色の機構を知るためには、まず水溶液あるいは糊剤中における染料の溶解、集合、分散状態を明らかにする必要がある。染料はこれらの系中ではコロイドとして存在するものもあるので、コロイド化学の知識も必要である。
次に、染色には染浴(染料の溶液あるいは分散液)から繊維への染料の拡散速度が重要である。繊維は水および助剤により膨潤し、空隙(くうげき)の間を染料が拡散していくわけであるが、詳細な機構については、多数の意見がありまだ定説はない。拡散速度は、繊維の種類、染料の構造、助剤の作用、温度など多数の因子に依存する。
時間が十分に経過すれば、やがて繊維中の染料濃度は一定となり、平衡染着状態となる。平衡染着濃度(繊維中の平衡染料濃度)の高いほど、濃色の染色が得られる。一定温度における、溶液中の染料濃度と平衡染着濃度との関係曲線を吸着等温線といい、これを解析することによって、染料の繊維中における染着状態を推定することが可能である。吸着等温線から得られる平衡染着定数は、繊維中における染料の自由エネルギーと溶液中における染料の自由エネルギーの差で決定される。
染料の繊維中での拡散速度と平衡染着濃度は染色の速さと濃度を決定するので、これらの研究は染色化学における中枢の位置を占める。
このほか、繊維中の染料の配列状態や、媒染における金属錯塩形成なども染色化学で取り扱われる課題である。さらには、実用的な染色物を得るためには、堅牢(けんろう)な染色が得られることが必要である。染色堅牢度には日光、洗濯、摩擦など多数の項目があるが、なかでも日光、洗濯堅牢度が重要である。前者は繊維中における染料の光化学反応が関連し、後者は染料の界面化学的挙動が主題となる。
このように、染色化学は多くの物理的、化学的、物理化学的な課題を包含するうえに、当然色彩学にも深いつながりをもつ。対象とすべき課題のきわめて広い総合科学ということができる。
[飛田満彦]
『黒木宣彦著『染色理論化学』(1966・槇書店)』