翻訳|adsorption
一般に,二つの相,すなわち気相と固相,液相と固相,気相と液相,あるいは互いに不溶の液相どうしが接しているとき,流体(気体または液体)相中の特定成分がその接触界面において,相内部と異なる濃度を示す現象。通常は,とくに固体表面において,それに接する気相または液相中の特定成分が濃縮される現象,すなわち正吸着を単に吸着と呼ぶ。吸着される成分が固体表面と化学的な強い結合をする場合を化学吸着と呼び,金属上の酸素や水素等の吸着が例としてあげられる。これは表面での金属と気体との化学反応と考えることができ,吸着時の発熱が大きく,簡単に気体が金属から離れることはない。これに対して,吸着される成分の分子と固体表面の間の物理的な力,すなわちファン・デル・ワールス力などにより吸着が生じる場合を物理吸着といい,この場合の吸着時に発生する熱は,その吸着分子の凝縮熱より若干高い程度である。通常の分離操作等に利用されるのは物理吸着の場合が多い。この現象は,身近なところでは冷蔵庫の脱臭など,空気中の臭気成分の除去,有毒ガスの除去(ガスマスク),乾燥食品の保存用の乾燥剤など,水分の除去,硬水の軟化,飲料水からの異臭味物質の除去等に利用されており,また大規模には浄水場における飲料用水の浄化,排水や下水の放流前の処理等に用いられる。また,産業用としては,ガスや液体の分離,溶剤の回収,酸素・窒素の製造,糖液の脱色,発酵生産物の精製,油脂の精製,石油留分の脱色・精製,有価金属の回収など,その利用は広い。化学反応の固体接触反応は,その触媒表面上において,反応成分が吸着濃縮されることにより反応の起りやすさを高めているものである。また,医薬用として消化管内の毒物を吸着し,体内に吸収されるのを防ぐために吸着剤が用いられることもある。
吸着現象を意識的に利用した最初の例は,ナポレオン時代のフランスで大陸封鎖のために砂糖の自国生産に迫られ,テンサイ糖の精製に木炭,ついで骨炭を用いたことであろう。
流体中の吸着物質の濃度とその物質が吸着剤中に吸着される量の間には一定の関係が成立し,これを吸着平衡と呼ぶ。吸着平衡関係として代表的なものの一つは,ラングミュアの関係といわれるもので,流体中の吸着質濃度Cのときの吸着量をqとすると,(Kは定数,q∞は飽和吸着量)と表される。この関係に従う吸着では,濃度が低いときは吸着量は濃度の増加とともに単調に比例的に増加するが,高濃度となるともはや吸着座が満たされて,吸着量は頭打ちとなる。吸着平衡関係は他にもBET式,フロインドリヒ式など,各種の平衡式が提出され,吸着質と吸着剤の組合せによって使い分けられている。また,ミクロ細孔を多量に有する吸着剤では,吸着質が細孔を充てんしていくという考え方で吸着平衡が説明されることが多く,この場合は吸着平衡式として次のドゥビニン式がよい。ここでwは分圧pにおける吸着量,w0は吸着剤の吸着空間容積,Eは吸着の特性エネルギー,Aは吸着ポテンシャルである。なおAは,Rを気体定数,Tを温度,p1をその温度における吸着質の飽和蒸気圧とすれば,A=RT loge(p/p1)で表される。
吸着の速さは,吸着剤粒子と気体または液体がどのような接触方式をとっているかによって決まってくるが,吸着剤粒子の中に吸着質が拡散して入っていく速度が往々にして重要である。とくに液相の吸着では,この粒子内拡散の速さが装置内の液の滞留時間,すなわち液と吸着剤の接触時間を決める大きな因子となっている。このような場合,吸着速度を速めるには小粒径の粒子を使うほうがよいが,取扱いの問題を考慮して実用的粒径が決定される。ガスの吸着では速度は比較的大きいので,接触時間は短くしてよい。
→吸着剤
執筆者:鈴木 基之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
2相が平衡にあるとき、ある成分の濃度が界面付近と相内部とで異なることがある。この現象を吸着という。界面付近の濃度が相内部より大きいとき正吸着、逆の場合を負吸着という。負吸着は無機塩類水溶液における溶液表面への吸着の例を除けば、ほとんど実際に問題となることはなく、一般には正吸着を吸着という。また、吸着物が脱離することを脱着という。
[吉田俊久]
吸着に伴う発熱量で、吸着熱はつねに正であるので、温度の低いほうが吸着量は多くなる。金属に対する水素ガスの吸着などでは低温域で確かに温度の上昇とともに吸着量は減少する。しかし常温以上では、ふたたび別種の吸着がおこる。低温域の吸着は吸着熱が小さく(約20キロジュール以下)、金属やガスの種類が異なっても存在する。ガス分子と固体表面の間の物理的引力に起因するといわれ、これを物理吸着という。高温域の吸着は吸着熱が大きく(約40キロジュール以上)、吸着速度もきわめて遅く、かなりの活性化熱を示す。金属とガスの組合せしだいでおこらないこともあるので、これを化学吸着という。物理吸着は固体表面に気体が凝縮する現象に近いものと理解できるが、化学吸着は金属と気体分子間に通常の化学結合に近いものができるためと考えてもよい。
[吉田俊久]
固相と気相の間の吸着のほかに、固相と液相、液相と気相、互いに溶解しない二つの液相などからなる界面でも吸着は観察できる。身近な例として、冷蔵庫内の脱臭、飲料水の濾過(ろか)などに活性炭が用いられている。乾燥剤としてはシリカゲル(ケイ酸のゲル)などがある。工業的にも大いに使われており、吸着剤(炭素系多孔体、ゼオライトなど)を用いて、圧力変動式吸脱着法(PSA法。高圧で吸着を行い、減圧で脱着を行う方法)という、吸着物質の回収を行う操作法が多くの分野で利用されている。この方法を用いれば、吸着物質としての窒素、酸素の分離などや、またアセトンのような有機溶剤の回収なども容易である。
[吉田俊久]
化学分析ではガスおよび液体クロマトグラフィーなどの分離技術に応用され、これは現代の化学分析法に大きく寄与している。
[吉田俊久]
『慶伊富長著『吸着』(1965・共立出版)』▽『清水博監修『吸着技術ハンドブック』(1993・エヌ・ティー・エス)』▽『日本化学会編『コロイド科学1 基礎および分散・吸着』(1995・東京化学同人)』▽『竹内節著『吸着の化学――表面・界面制御のキーテクノロジー』(1995・産業図書)』▽『近藤精一・石川達雄・安部郁夫著『吸着の科学』第2版(2001・丸善)』▽『小野嘉夫・鈴木勲著『吸着の科学と応用』(2003・講談社)』
気相,溶液などの均一相から,気体分子あるいは溶質分子が固体表面や液相の界面に取り込まれる現象.吸着物質が逆に均一相に戻る現象を脱離という.また吸着される物質および吸着を生じる物質を,それぞれ吸着質および吸着媒とよんでいる.吸着により界面上の濃度は均一相中の値より増加するが,逆に低下する場合は負吸着として区別する.吸着に際して,一般に自由エネルギーは減少し熱が放出される.したがって,吸着量は高温になるにつれて減少するが,圧の増大とともに増加する.吸着量は界面単位面積当たりの吸着分子数,物質量あるいは標準状態での気体の体積で表されるが,固体では単位質量当たりの吸着物質量をとることがある.吸着量の温度および圧による変化は,実験的に吸着等温線,吸着等圧線,あるいは吸着等量線で表され,これらの関係を解析的に与えるものとして,いろいろな吸着式が提案されている.化学吸着におけるラングミュア吸着等温式や物理吸着に対するBET吸着等温式は有名であり,また実験値の整理にフロイントリッヒ吸着等温式がしばしば利用される.吸着はその結合の性質から,ファンデルワールス力による物理吸着と化学結合が形成される化学吸着に区別されるが,化学吸着は界面上で進行する触媒反応中の重要な過程である.液相の界面における吸着分子の濃度Γはギブズの吸着等温式(ギブズの吸着式),
で表される.ここで,γは溶液の表面張力,aは溶質の活量である.応用上は古くから活性炭による脱臭,脱色,シリカゲル,アルミナによる乾燥などが行われてきたが,最近では大気中の公害物質の除去にも用いられており,また物質の分離に有力なクロマトグラフィーは,分子による吸着力の差を利用するものである.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…溶液の表面では溶質の濃度は一般に内部とは異なる。この現象は吸着と呼ばれ,溶質が表面に多く吸着される場合には,溶液の表面張力は溶媒に比べ低くなる。とくに親水性基と疎水性基をあわせもつ界面活性剤分子は水‐空気の界面に強く吸着され,水溶液の表面張力は非常に低くなる。…
※「吸着」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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