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栗林忠道 くりばやしただみち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

栗林忠道
くりばやしただみち

[生]1891.7.7. 長野
[没]1945.3.26. 東京,硫黄島
陸軍軍人。 1914年陸軍士官学校,1923年陸軍大学校卒業。カナダ公使官付き武官,第 23軍参謀長などを歴任。 1944年第 109師団長として,太平洋戦争中,2万 2000の将兵とともに硫黄島守備 (→硫黄島の戦い ) にあたり戦死。死後大将に昇進。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

栗林忠道 くりばやし-ただみち

1891-1945 大正-昭和時代前期の軍人。
明治24年7月7日生まれ。騎兵第一旅団長などをへて昭和19年第百九師団長となり,硫黄(いおう)島の守備にあたる。20年上陸してきたアメリカ軍とたたかい,守備隊は全滅。同年3月26日戦死と認定され,大将に進級した。55歳。長野県出身。陸軍大学校卒。
【格言など】今や弾丸尽き,水涸(か)れ,全員反撃し,最後の敢闘を行わんとす(全滅の前に大本営へ打った電文)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の栗林忠道の言及

【硫黄島作戦】より

…アメリカ軍の目的は,(1)サイパン基地のB29戦略爆撃機の不時着場を確保し,(2)日本本土爆撃を援護する戦闘機の基地を獲得し,(3)日本本土進攻のための有効な海軍・航空基地を確保し開発することにあった。アメリカ軍は海兵3個師団6万1000人と圧倒的火力をもって猛攻したが,栗林忠道中将に率いられた日本陸海軍将兵2万1000人は,補給の途絶にもかかわらず健闘し,アメリカ軍に約2万9000人の死傷を与えて,3月26日残兵800人で最後の突撃を行い玉砕した。【栂 博】。…

※「栗林忠道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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