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桓譚 かんたんHuan Tan; Huan T`an

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

桓譚
かんたん
Huan Tan; Huan T`an

中国,前漢末,後漢初の学者。字は君山。相 (安徽省宿県北西) の人。後漢初に議郎となる。著書に『新論』がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

かんたん【桓譚 Huán Tán】

中国,前漢末から後漢初の儒家生没年不詳。字は君山,相(しよう)(安徽省宿県北西)の人。父が太楽令であったことから音楽にすぐれ,またひろく五経に通じ,文章の才があった。後漢の光武帝のときに議郎,給事中となる。しばしば政治について意見を具申したが用いられず,当時流行の讖緯(しんい)説を否定したことから,帝の怒りをかって地方官に左遷され,赴任の途中病死した。著書に時局を論じた《新論》29編があったが,原本は失われて輯本(しゆうほん)があるだけである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

桓譚
かんたん
(前40―後31)

中国、後漢(ごかん)初頭の思想家。字(あざな)は君山。沛(はい)郡(安徽(あんき)省)の人。著書に『新論』29巻がある。17歳のとき成帝朝に出仕。今文(きんぶん)章句訓詁(くんこ)の学を好まず、古文派で能文家であった。とくに揚雄(ようゆう)とは師友の交わりを結び、劉(りゅうきん)などと論議を闘わせた。後漢の初め議郎給事中となり、儒者の宗と目された。のちに、光武(こうぶ)帝が信奉する図讖(としん)によって事を決しようと下問した際、老骨に鞭(むち)打ち諫言(かんげん)し、「讖の経にあらざるを極言」したことにより、逆鱗(げきりん)に触れた。しかし斬殺(ざんさつ)を免れて六安(ろくあん)郡丞(じょう)に左遷され、赴任の途中で病没した。『新論』は時説の真偽を問うもので、王充(おうじゅう)思想の先駆となったが、断片断章を残すのみである。そこには、為政のあるべき姿を説く大体論、王莽(おうもう)批判、神仙説批判、神滅論などがあり、鋭い批判精神が示されている。[大久保隆郎]

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