森久村(読み)もりひさむら

日本歴史地名大系 「森久村」の解説

森久村
もりひさむら

[現在地名]加茂川町福沢(ふくざわ)

為蕃(ためしげ)村の東に位置し、豊岡(とよおか)川・猪木(いのき)川の合流地の谷間にある。大山往来が南北に通る。寛永備前国絵図では一里塚の印がみえるが、現在その位置については不明。同絵図では高二二九石余。正保郷帳には守久村と記される。「備陽記」によれば田畠一七町四反余、家数四三・人数一八四。文化年間の「岡山藩領手鑑」によれば直高四九六石余、蔵入と家臣七名の給地。


森久村
もりひさむら

[現在地名]豊前市森久

市丸(いちまる)村・三楽(さんらく)村の南に位置する。江戸時代の領主の変遷は今市(いまいち)村に同じ。元和八年人畜改帳に村名がみえ御蔵納分・給人分、家数五・人数一三(うち百姓一・名子五)、牛一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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