極楽寺坂切通(読み)ごくらくじざかきりどおし

日本歴史地名大系 「極楽寺坂切通」の解説

極楽寺坂切通
ごくらくじざかきりどおし

鎌倉七口の一つ。極楽寺の谷からさかしたへ越える坂道で、鎌倉の西の正面にあたる。この切通が開かれるまで、西から海岸伝いの通路稲村いなむらヶ崎南端を回り、鎌倉に入っていた。建長四年(一二五二)四月一日の宗尊親王の鎌倉入りも稲村ヶ崎を回っているから(吾妻鏡)、切通の開通はそれ以後であろう。

極楽寺の忍性がこの坂を開いたとする伝説があるが、各地で道路の建設・開通に活躍した忍性の事蹟からみてもその可能性は高い。少なくとも従来あった山越え細道を改修して利用しやすくしたことは十分に考えられる。「忍性菩薩行状略頌」には、永仁六年(一二九八)に忍性が坂下に馬病屋を建てたと記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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