櫛田栄清(読み)クシダ エイセイ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「櫛田栄清」の解説

櫛田 栄清(初代)
クシダ エイセイ


職業
箏曲

本名
和田 栄清

旧名・旧姓
和田 源三郎

生年月日
弘化2年 5月2日

出生地
江戸下谷練塀町(東京都)

経歴
幼少時失明、安政6年15歳で山勢系の山多喜検校栄清(俗名松調)に入門、明治5年師の没後2代目山多喜(山田喜)松調を継ぎ、22年頃櫛田栄清と改名。のち音楽取調掛嘱託となった。格調高い三絃の名手として知られ、山登万和と「神遊」を合作、万和の「菊水」「須磨の風」など、合の手作曲に助言した。門人高橋清章が名跡を継いだ。

没年月日
明治38年 1月11日 (1905年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「櫛田栄清」の解説

櫛田栄清 くしだ-えいせい

1845-1905 幕末-明治時代の箏曲(そうきょく)家。
弘化(こうか)2年5月21日生まれ。江戸の人。安政5年山田流箏曲家山多喜松調検校に師事。2代山多喜松調をへて明治24年ごろ櫛田栄清と改名。三味線をよくし,山登万和(やまと-まんわ)と「神遊」を合作した。明治38年1月11日死去。61歳。本姓は和田。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の櫛田栄清の言及

【山勢派】より

…門下に,山喜田(山千代)翠風一検校,山谷清風一検校などがあり,その他本来は山木派の山多喜(山田喜・山滝)栄松一検校(後名松調)も山勢に師事したといわれる。その門から高橋栄清の師の櫛田栄清が出た。 2世山勢(1812‐68∥文化9‐明治1)は,糸魚川の杉本茂右衛門の長男。…

※「櫛田栄清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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