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須磨 すま

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

須磨
すま

兵庫県神戸市須磨区南部の地区。六甲山地西部の横尾山,高尾山,鉄拐山,鉢伏山などが大阪湾に接近した景勝地。山の一部は海面埋立て用の土砂採取で変貌が著しい。鉢伏山を中心に須磨浦公園があり,山麓と山頂をロープウェーが結ぶ。

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デジタル大辞泉の解説

すま【須磨】

神戸市西部の区名。また、その須磨区南部の地域。大阪湾に面する白砂青松の海岸で、古来、明石と並び称される景勝地。須磨関跡・須磨浦公園などがある。[歌枕]
「わくらばに問ふ人あらば―の浦にもしほたれつつわぶとこたへよ」〈古今・雑下〉
源氏物語第12巻の巻名。光源氏、26歳から27歳。源氏の離京のようす、須磨での生活、暴風雨の襲来などを描く。
箏曲(そうきょく)。八橋検校(やつはしけんぎょう)作曲の六歌からなる組歌。

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世界大百科事典 第2版の解説

すま【須磨】

兵庫県神戸市須磨区のうち大阪湾に面する一帯。背後に六甲山地の西端に当たる高取山,鉄拐(てつかい)山,鉢伏(はちぶせ)山をめぐらし,南西は明石海峡をへだてて淡路島に対する。海岸の須磨浦は白砂青松の景勝地として古来著名である。須磨はまた摂津国の西端,畿内の西の境界に当たり,播磨との交通・軍事上の要衝であった。大宰府と京を結ぶ古代の主要路であった山陽道が通り,律令制下では須磨駅や関が置かれた。1184年(元暦1)平家の大軍が範頼,義経の率いる源氏勢と一ノ谷で戦い,敗北を喫した(一ノ谷の戦)。

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大辞林 第三版の解説

すま【須磨】

◇ 神戸市西部の地名。大阪湾に臨む白砂青松の海岸で、古来明石と並び称された景勝地。須磨の浦。⦅歌枕⦆ 「 -の浦に藻塩たれつつわぶと答へよ/古今 雑下
◇ 神戸市西部の区。住宅地域。
箏曲そうきよくの一。八橋検校けんぎよう作曲。六歌より成る組歌。
源氏物語の巻名。第一二帖。光源氏の須磨における退隠生活を描く。

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(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

須磨
すま

兵庫県神戸市西部の地区。須磨区の南部の地域で、旧須磨町。古来景勝の地として知られる。六甲(ろっこう)山地西端の鉢伏山(はちぶせやま)、鉄拐山(てっかいざん)、高倉山などは須磨浦公園あたりで急傾斜となって海に迫る。この「平地の行き詰まったスミ」が須磨の地名の由来である。白砂青松の須磨の浦は『源氏物語』の「須磨」「明石(あかし)」、謡曲『松風』などの舞台で、いまも海水浴場や海浜公園などがある。狭い海岸にJR山陽本線、山陽電鉄、国道2号がひしめきあって通じている。一方、後背の山地を第二神明道路が通り、須磨インターチェンジが設置されている。古くから軍事、交通上の要地として百人一首にも詠まれた須磨の関が設けられ、いまも関所跡や関守町(せきもりちょう)の地名が残る。源平の古戦場でもあり、一の谷、鵯越(ひよどりごえ)、須磨寺、敦盛塚(あつもりづか)、安徳(あんとく)帝内裏(だいり)跡などがある。須磨寺は正式には上野山福祥(しょうやさんふくしょう)寺で、境内に敦盛首洗池などがある。また敦盛が愛用した「青葉の笛」が収納されている。明治以降は山麓(さんろく)や海岸段丘面、海岸沿いに富豪の別荘が建てられ、武庫離宮も置かれた。第二次世界大戦後、離宮や大邸宅跡は公園化され、須磨離宮公園、須磨海浜公園、須磨浦公園などとなった。また背後の高倉山、高尾山などを切り崩し、土砂を神戸市の海面埋め立てに用い、跡地を住宅地に利用する方式がとられ、大住宅団地の建設が行われた。須磨海浜公園に市立の須磨海浜水族館がある。[二木敏篤]

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