武田定清(読み)たけだ さだきよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「武田定清」の解説

武田定清 たけだ-さだきよ

1653-1712 江戸時代前期-中期武士
承応(じょうおう)2年生まれ。陸奥(むつ)弘前(ひろさき)藩(青森県)藩士。藩主津軽信政に重用され,岩木川の掘りかえ,新検地などを断行。大目付兼元締役になるが,元禄(げんろく)8年の飢饉(ききん)の際,罷免される。宝永元年勘定奉行に再任されるが,藩主津軽信寿(のぶひさ)に解任され,切腹を命じられた。正徳(しょうとく)2年2月22日死去。60歳。本姓は櫛引。通称は源左衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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