池田垣内村(読み)いけだかいとむら

日本歴史地名大系 「池田垣内村」の解説

池田垣内村
いけだかいとむら

[現在地名]那賀町藤崎ふじさき

紀ノ川の北岸、名手なて川が紀ノ川に流入する付近の西側に位置する。東は名手川を境に後田しへだ村、南の紀ノ川対岸は安良見あらみ(現粉河町)、西は東野ひがしの(現粉河町)。「続風土記」は「此地に古は池あり、池田垣内の名これより起る」と記す。中世粉河こかわ庄に含まれ、同庄を構成した五ヵ村のうちひがし村に属した。南北朝から室町時代にかけて東村には惣が成立していた(粉河町の→東野村。東村における惣としての結合は、近世に東村が東野村・井田いだ(現粉河町)、池田垣内村の三村に分れ、しかも当村が和歌山藩領名手組に属して伊都いと郡代官所の管下に組込まれ他の二村粉河組とされてからも、その関係は東野村鎮座の若一王子神社の宮座として維持され、現在まで続いている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む