日本歴史地名大系 「波見浦」の解説
波見浦
はんうら
肝属川河口に設けられた湊で、東は海(志布志湾)に面し、対岸はす、舟舶これに会へば、忽ち摧損し、或は覆没の難あり、因てその満涸を察して通行し、満潮には、巨船出入自在にて、此浦港に泊繋すれば、疾風の時猶安
たり」と記される。また波見浦の前、肝属川中に洲嶼(中洲)がある。応永一七年(一四一〇)一月一六日に島津元久から波見筑後守に安堵された塩屋湊(「島津元久安堵状」旧記雑録)、同二二年四月一〇日肝付兼元から波見筑後守に宛行われた肝付郡東方
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報