コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

津太夫 つだゆう

3件 の用語解説(津太夫の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

津太夫【つだゆう】

江戸時代の陸奥(むつ)仙台藩領の舟子(ふなこ)。1793年津太夫ら若宮(わかみや)丸の乗組員は石巻(いしのまき)から江戸に向かう航海の途中遭難し,ロシアアレウト列島ウナラスカ島に漂着,救助された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津太夫 つだゆう

1744?-? 江戸時代後期の漂流民。
延享元年?生まれ。寛政5年(1793)陸奥(むつ)石巻(宮城県)から江戸にむかうとき嵐にあいロシア船に救助され,ペテルブルグにおくられてロシア皇帝に謁見。文化元年(1804)遣日使節レザノフにともなわれて帰国した。大槻玄沢(おおつき-げんたく)の「環海異聞」にその見聞がみえる。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

津太夫

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:延享2(1745)
近世の漂流民。寒風沢島(宮城県塩釜市)出身。一説に文化11(1814)年7月29日没。日本人として最初に世界を一周。寛政5(1793)年に石巻の廻船若宮丸の16人の乗組員のひとりとして江戸へ向かう途上で漂流,アレウト列島(アリューシャン列島)に漂着してロシア人の保護を受け,イルクーツクに定住。のちレザーノフの日本派遣に伴ってペテルブルクに送られ,アレクサンドル1世に拝謁,ロシア初の世界周航航海でもあるクルーゼンシュテルンの艦隊に,儀兵衛,左平,太十郎の3人と共に乗船,文化1(1804)年長崎に送還され,翌年,日本側に身柄を渡され,仙台藩の大槻玄沢がその体験から『環海異聞』『北辺探事』を編纂した。別に個人的に経験を語った選者不詳の漂流記(『欧羅巴国漂流記』など各種の写本がある)もある。<参考文献>『環海異聞』(山下恒夫編『江戸漂流記総集』6巻・解説)

(春名徹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

津太夫の関連キーワード塩釜湾玉川千賀浦浦戸諸島辰蔵(2)民之助八三郎巳之助茂次平勇之助