環海異聞(読み)かんかいいぶん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「環海異聞」の意味・わかりやすい解説

環海異聞
かんかいいぶん

大槻玄沢著の漂流記。全16巻。文化4(1807)年完成。寛政5(1793)年,仙台藩の『若宮丸』の船頭が江戸へ向かう途中で暴風雨にあい,ロシアに漂着。以後ロシア各地をめぐりインド洋を経て,文化1(1804)年帰国するまでの記録で,そのときの船頭から海外諸地方の様子を聞いてまとめたもの。仙台沖から漂流アリューシャン列島のオンデレイツケ島に漂着,以後寛政7(1795)年オホーツク海カムチャツカ半島)を経て同 8年1月イルクーツクシベリア)に着き,足かけ 8年滞在享和3(1803)年サンクトペテルブルグに 3ヵ月滞在したのち,通商を求めて訪日するロシアの使節ニコライ・レザノフの船で文化1(1804)年長崎に送還された。

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百科事典マイペディア 「環海異聞」の意味・わかりやすい解説

環海異聞【かんかいいぶん】

陸奥(むつ)仙台藩領の舟子(ふなこ)津太夫(つだゆう)らの見聞記。1793年暴風のためロシアのアレウト列島に漂着した津太夫ら若宮(わかみや)丸の乗組員は,生き残った4名が日本への使節レザノフとともに1804年長崎に送還された。本書は,大槻玄沢らが帰郷前の彼らを江戸藩邸で取り調べたときの聞書をまとめたもの。1807年刊。15巻。体裁は《北槎聞略(ほくさぶんりゃく)》にならい,漂流,滞在の経過,ロシア各地の事情などを記している。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「環海異聞」の意味・わかりやすい解説

環海異聞
かんかいいぶん

漂流者のロシア見聞を聞き書きした記録。大槻玄沢(おおつきげんたく)撰(せん)。1807年(文化4)成稿。15巻。仙台の船頭津太夫(つだゆう)らが石巻(いしまき)から江戸へ向かう途中、嵐(あらし)にあってロシアへ漂着し、1803年(享和3)モスクワ経由ペテルブルグへ送られ、皇帝謁見、訪日使節に伴われ、大西洋、太平洋を周航して1804年(文化1)長崎で引き渡されるまでの物語。海外の政情、風俗、言語などを組織だてて記述。図解も入り、当時の北方問題資料として注目された。石井研堂編『校訂漂流奇談全集』(続帝国文庫)、三島才二編『南蛮稀聞帳』、大友喜作編『北門叢書(そうしょ)』に収録されている。

石山 洋]

『川合彦充著『日本人漂流記』(社会思想社・現代教養文庫)』『鮎沢信太郎著『漂流』(1956・至文堂)』

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「環海異聞」の解説

環海異聞
かんかいいぶん

江戸後期の漂流記。巻首序例とも16巻。仙台藩の蘭学者大槻玄沢(げんたく)が,大黒屋光太夫(こうだゆう)・間重富(はざましげとみ)・山村才助らの知識を借りつつ,志村弘強の協力によって編纂。1807年(文化4)成立。1793年(寛政5)アリューシャン列島に漂流し,イルクーツクに居住したのち,遣日使節レザノフによって1804年(文化元)に送還された石巻の廻船若宮丸の乗組員,津太夫ら4人からの聞書にもとづくロシア事情が記されている。津太夫らは日本人としてはじめて世界を一周した。題名はこの意をこめる。

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世界大百科事典(旧版)内の環海異聞の言及

【世界地理書】より

…ロシアの接近とともにその関係の訳著も盛んになった。桂川甫周の《北槎聞略(ほくさぶんりやく)》(1794成立)や大槻玄沢の《環海異聞》(1807成立)は,漂流民の実地見聞を素材とした点で異例の専門海外地理書である。玄沢門下の山村才助は世界地理研究の代表者で,多数の蘭書を翻訳して《訂正増訳采覧異言》(1803成立)を著した。…

※「環海異聞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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