コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

津田出 つだ いずる

3件 の用語解説(津田出の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

津田出

和歌山藩士・官僚。通称は又太郎。号は芝山。江戸で蘭学、徂徠学を修め、帰藩後は蘭学教授を勤める。維新後、和歌山藩大参事となり、徴兵制・郡県制をとり入れるなど藩政改革に尽力した。廃藩置県ののち大蔵少輔、陸軍大輔、元老院議官貴族院議員などを歴任した。明治38年(1905)歿、73才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津田出 つだ-いずる

1832-1905 幕末-明治時代の武士,官僚。
天保(てんぽう)3年3月生まれ。紀伊(きい)和歌山藩士。明治2年藩の大参事となり,徴兵制を実施。廃藩置県後,陸軍大輔(たいふ),元老院議官,高等法院陪席裁判官などをつとめ,23年貴族院議員となる。晩年は千葉県で開墾にたずさわった。明治38年6月2日死去。74歳。通称は又太郎。号は芝山。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

津田出

没年:明治38.6.2(1905)
生年:天保3.3(1832)
幕末の和歌山(紀州)藩士,明治期の官僚。江戸で蘭学を修業,帰藩後蘭学教授を勤めた。慶応年間(1865~68),藩の国政改革制度取調総裁に任じたが,勤王運動に投じて譴責禁固。明治1(1868)年執政として復職,2年和歌山藩大参事に昇任,中央政府に対して郡県制度徴兵制度採用の急務を進言,同時に紀州の藩政改革で四民平等,徴兵制を採用・実行し注目された。廃藩置県(1871)後,参議西郷隆盛に推挙されて大蔵少輔,7年陸軍大輔に転じ陸軍少将に任じられた。世に注目され,抱負の大なるに比して官職に恵まれず,次第に国政への意欲を減じた。元老院議官,貴族院勅選議員を経歴。

(福地惇)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

津田出の関連キーワード紀州犬和歌山県立医科大学和歌山大学志賀法立正瀬戸十助瀬見善水長屋喜弥太畠山義信三浦安紀州灘

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone