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刑法 けいほう Criminal law; Strafrecht

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

刑法
けいほう
Criminal law; Strafrecht

いかなる行為が犯罪となり,それにいかなる刑が科せられるかという,罪と罰の具体的内容を規定する法をいう。刑法の機能としては,刑罰権の発動により法益侵害を抑止し法秩序を維持する機能と,刑罰権の濫用を防ぐ保障機能とが重視される。

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デジタル大辞泉の解説

けい‐ほう〔‐ハフ〕【刑法】

犯罪人を罰するおきて。
犯罪になる行為と刑罰の種類・程度を定めている法律。刑法典。明治41年(1908)施行。広義には、特別刑法を含む。

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百科事典マイペディアの解説

刑法【けいほう】

犯罪刑罰とを定めた法規の総称。形式的には同名の法律をさすが,このほか暴力行為等処罰法軽犯罪法航空機強取等処罰法など刑罰法規は数多い。近代刑法は罪刑法定主義を根本原則とし,いかなる行為が罰せられ,その処罰はいかなる程度・種類のものかを規定する。
→関連項目小野清一郎罰金等臨時措置法

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世界大百科事典 第2版の解説

けいほう【刑法】

刑法とは,犯罪と刑罰に関する法であり,どのような行為が犯罪となり,その犯罪にどのような刑罰が科せられるかを規定した法である。それは,まず,六法全書に〈刑法〉(1907年法律第45号)という名称で収録されている法律,すなわち刑法典である。そこには,殺人罪,窃盗罪などの典型的な犯罪とそれに対する刑罰がほぼ網羅的に規定されている。これを〈狭義の刑法〉または〈形式的意味の刑法〉という。しかし,犯罪と刑罰に関する法は,刑法典に限られない。

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大辞林 第三版の解説

けいほう【刑法】

犯罪とそれに対する刑罰を規定した法律。1907年(明治40)制定。1995年(平成7)表記が口語化された。刑法典。
特別刑法を含めて、犯罪および刑罰について規定する法律の総称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

刑法
けいほう

刑罰と、刑罰を科せられるべき行為である犯罪を規定した法律をいう。狭い意味では「刑法」(明治40年法律第45号)、すなわち刑法典をさすが、広い意味では、違反した場合に刑罰を科せられる法律上の規範のすべてを総称したものである。刑法の特別法である「軽犯罪法」「爆発物取締罰則」などや、本来は行政法の分野に属する「道路交通法」「銃砲刀剣類所持等取締法」「火薬類取締法」なども、その罰則(その法律のなかの特定行為について刑罰を科すことを定めた規定)の部分については広い意味の刑法に含まれる(前者を特別刑法、後者を行政刑法とよぶ場合がある)。
 刑罰は、近代国家においては国家の手によってだけ執行される公刑罰に限定されているから、刑法は国家と個人との間を規律するいわゆる公法に属し、個人と個人の間を規律する私法(民法、商法など)とは区別される。[西原春夫]

法源

刑法は、原則として、狭い意味での法律、すなわち国会の議決を経て制定された法律の形式をとらなければならない。これは近代刑法学上の大原則である罪刑法定主義、すなわち「法律なければ犯罪なく、法律なければ刑罰なし」とする原則からする帰結であって、日本国憲法第31条もこれを認めている。しかし、これには二つの例外がある。その第一は、法律の委任により政令に罰則が設けられる場合であって、憲法第73条6号の解釈として認められている。その第二は、普通地方公共団体(都道府県、市町村)の条例に罰則が設けられる場合であって、地方自治法第14条3項がこれを定めている。この二つの例外を除けば、狭い意味の法律以外のものが刑法となることはない。したがって、慣習法が直接刑法の法源となることはない。[西原春夫]

沿革

日本の刑法は、古代においてはきわめて素朴でかつ宗教的呪詛(じゅそ)的な性格をもっていたが、やがて王朝時代に至って中国法の影響を強く受けることとなり、成文法を基礎としたいわゆる律令(りつりょう)時代を現出することとなった。大宝律(たいほうりつ)(701)、養老律(ようろうりつ)(718)などがこの時代の刑法として有名である。しかし王朝後期になってしだいに私有田が増加し、やがて荘園(しょうえん)の制度が形成されるようになると、土地国有制のうえに立脚していた律令制度は崩壊し、検非違使(けびいし)庁の判例や慣習法を主流とするいわゆる庁例時代に移行することとなった。
 下って、武家時代の刑法は、幕府の中央集権的権力が強かった初期および後期には、全国に効力を有する中央集権的な法律も存在し、そのなかには当時の武家の慣習法を成文化したものも見受けられた。鎌倉時代における御成敗式目(貞永式目(じょうえいしきもく)、1232)や、江戸時代における公事方御定書(くじかたおさだめがき)(1742)などがこれである。しかし、戦国時代を中心とする武家時代の中期においては、各大名の領域内でそれぞれ特殊な発達をみるに至った。武家時代の刑法の内容は、いうまでもなく身分制度を基盤とする封建法的なものであり、また刑罰も、峻厳(しゅんげん)で武断的な性格をもっていた。そして、刑法のこのような性格は、江戸幕府が崩壊し、明治維新を迎えるまで存続したのであった。
 明治維新後、日本の刑法は初めて西欧法の影響を受けて近代化し、国家組織の整備に寄与するところが大きかった。日本の継受した西欧の刑法は、元来、ローマ法およびゲルマン法という二大法系の形をとって出発したが、中世には教会法や地方の慣習法による修正を受けて各地方ごとに発達し、近世に至って民族国家を単位とする中央集権的な刑法が制定されるようになった。現代における多くの刑法の範型となったのは1810年のフランス刑法であるが、これは、同刑法がローマ法の伝統に立脚しつつ、フランス革命に表された近代的な精神を反映したものだったからである。ところで、日本では、明治維新後しばらくは、仮刑律、新律綱領、改定律例(りつれい)など、主として旧律令に基礎を置いた旧式な刑法が適用されていたが、幕末以来の課題である植民地化の回避、そのための不平等条約の解消、とくに領事裁判権排除を達成するためには、どうしても近代的な西欧法制を導入することが必要であった。そこで、政府は1873年(明治6)にパリ大学教授のボアソナードを招聘(しょうへい)し、その作成した刑法草案を翻訳のうえ修正して1880年にこれを頒布した。世に「旧刑法」とよばれる。
 旧刑法は、西欧法制とくにフランス刑法の影響を全面的に受け入れた日本で最初の近代的な刑法であったが、部分的には日本の実情にあわないものがあったため、早くもその施行の年に司法省部内に改正の議がおこったほどであった。そこで、政府は引き続き刑法改正のための審議を続行したが、その過程で、フランス法ではなくドイツ法を参考にすべきだという政府の意向が強くなっていった。それは1871年にドイツ内の有力国であるプロイセンが普仏戦争(プロイセン・フランス戦争)でフランスに勝ったというばかりでなく、その年に成立したドイツ帝国の政治形態が当時の日本によりふさわしいと考えられたからであった。その傾向は、国の基本法である憲法(大日本帝国憲法、1889)がドイツ法を範型にして制定されることによって一気に強固なものになり、刑法も1871年のドイツ刑法の影響を強く受けつつ旧刑法の規定を大幅に改正した1907年(明治40)の草案が国会を通過し、同年4月24日に法律第45号をもって公布され、翌1908年10月1日から施行されることになった。これが現在まで効力を持ち続けている「刑法」である。[西原春夫]

刑法の改正

現行刑法は、制定以来100年以上経ったというばかりでなく、その間における社会生活の変化、犯罪の態様の変化、思想の変遷、世界的な犯罪防止対策の進歩などはまことに目覚ましいものがあった。したがって、すべての規定が制定当時のままというのではなく、何度にもわたって部分的な改正が行われた。1921年(大正10)から2007年(平成19)にかけて23回の改正が行われている。また第二次世界大戦をはさんで2回、刑法の全面改正事業も企てられた。
 まず戦前の全面改正事業は、第一次世界大戦後の内外情勢の変化に対応するため、1921年に始められたが、1940年(昭和15)、日本が戦時体制に入ったため中断するのやむなきに至った。その成果を草案の形にしたのが、「改正刑法仮案」(1940)である。
 第二次世界大戦後の全面改正事業は1956年(昭和31)に再開された。1961年に一種の予備草案である「改正刑法準備草案」が発表されるころまでは比較的順調に進んでいたが、おりしも1960年代のなかばごろ戦後日本の高度経済成長がある段階まで達し、そのひずみが未解決のまま拡大、顕在化してきたことなどがあって、世界観や国家観の対立が険しいものとなり、とりわけ国家権力の行使と国民の権利保護の間のすみ分けについて厳しい論争が繰り広げられた。そしてそれは1969年を頂点とする大学紛争や全共闘運動など過激な街頭行動などを生み出す結果となった。そのような騒然とした時代背景のもとに刑法全面改正事業が進められたため、審議にあたった会議の内部はもちろん、外部からも、基礎となった刑法理論や多くの個々の規定案に対する非常に激しい批判が展開された。その結果、全面改正事業は頓挫(とんざ)し、審議の成果である「改正刑法草案」を1974年に発表するだけで未完成のまま終わった。
 ただ1907年という昔に制定された現行刑法が片仮名、文語体で書かれており、しかも現在では日常まったく使われていないような古い述語をたくさん含んでいるのは適当でないと考える点ではまったく異論をみなかった。そこで政府は「表記の平易化(口語化と現代語化)」を基本方針としつつ、あわせて最高裁判所から違憲判断を下されているような規定(たとえば尊属殺)の削除を内容とする案を1995年(平成7)に国会に提出し、同年4月28日に成立した。これが1907年の刑法の現在の姿である。[西原春夫]

効力

刑法の効力は、時に関するもの、場所に関するもの、人に関するものの3種に分かれる。まず、刑法は、施行の時から廃止の時まで効力を有する。ただ、犯罪を行った時(行為時)の法律と裁判を行う時(裁判時)の法律とが異なる場合には、どちらの法律を適用すべきかが問題となる。行為時の法律によれば犯罪でなかった行為が裁判時の法律によって犯罪とされるような場合については、憲法第39条に規定があり、裁判時の法律は行為時にまでさかのぼることはない。これは、まさに、近代刑法学上の大原則である罪刑法定主義からする要請である。反対に、行為時の法律によれば犯罪であった行為が裁判時の法律によって犯罪でなくなった場合には、刑事訴訟法第337条2号により免訴の言渡しをしなければならないものとされている。さらに、行為時の法律によっても裁判時の法律によっても犯罪とされる点では変わりないが、刑に軽重の違いがある場合については、刑法第6条に規定があり、軽いほうの刑を適用することになっている。
 次に、日本の刑法は、日本国内で罪を犯した者すべてに対して適用される。日本の船舶、航空機内の犯罪についても同様である(刑法1条)。ただ、この原則にはいくつかの例外があり、まず内乱とか通貨偽造など、国外で行われても日本の利益を害することが著しいような特定の犯罪については、日本刑法は、それらが国外で行われた場合でも、また外国人によって行われた場合でも適用される(同法2条)。また、放火、強姦(ごうかん)、殺人、強・窃盗など比較的重い特定の犯罪の場合には、日本人によって行われた限り、国外で行われた場合にも適用される(同法3条)。逆に日本人に対して強姦、殺人、傷害、強盗など特定の犯罪を国外で犯した外国人に対しても適用されるようになった(同法3条の2)。さらに、職権乱用、収賄などの特定の公務員犯罪については、それが日本の公務員によって行われる限り、国外で行われた場合にも日本刑法の適用がある。また、日本刑法に規定された犯罪のうち、条約によって国外で犯された場合でも処罰すべきものとされている犯罪を国外で犯したすべての人に対しても、日本刑法が適用される(同法4条の2)。
 最後に、日本の刑法は、時および場所に関する効力の及ぶ限り、日本人であると外国人であるとを問わず誰(だれ)に対しても適用されるのが原則である。ただ天皇はその憲法上の地位からして刑法の適用から免れ、また国会議員は、議院で行われた演説、討論または表決について刑事責任を問われないたてまえとなっている(憲法51条)。さらに、国際法上の関係からして、外国の君主、大統領、その家族および日本国民でないその従者、信任された外国の交際官(大使、公使)、付属員(参事官、書記官、外交官補、大公使館付武官、書記生)、その家族および日本国民でない雇員・従者、承認を得て日本の領土内にある外国の軍隊または軍艦についても、それらの身分の存続している限り、刑法の適用はない。[西原春夫]
『内藤謙・西原春夫編『刑法を学ぶ』(1973・有斐閣) ▽団藤重光著『刑法綱要 総論』改訂版(1979・創文社) ▽小野清一郎・中野次雄・植松正・伊達秋雄著『刑法』第3版(1980・有斐閣) ▽堀内捷三著『刑法総論』(2000・有斐閣)』

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世界大百科事典内の刑法の言及

【法制史】より

…新しい統治機構を守る軍事・警察機構は,1872年の陸海軍両省の設置と73年の徴兵令の制定,73年の内務省警保寮設置,74年の警視庁設置によって整備された。治安維持の重要な手段である刑事法は,すでに1870年に新律綱領,73年に改定律例が制定され,さらに1880年には,フランス人のボアソナードによって起草された最初の近代法典である刑法および治罪法(刑事訴訟法)が制定され,82年から施行された。資本主義発展の基礎をつくるための法として重要なものは,人民を把握するための戸籍法(1871公布。…

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