日本歴史地名大系 「海正八幡神社」の解説
海正八幡神社
かいしようはちまんじんじや
元亨二年二月日の神主職宛行状写(海正八幡神社文書、以下とくに断らない限り同文書)によると恒正は橘宮神主職に補任されている。建武三年(一三三六)一一月一九日の源重長宛行状写によると源重長から伴恒光に対し海八幡宮の神主職と桑野保内の免田が宛行われている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
元亨二年二月日の神主職宛行状写(海正八幡神社文書、以下とくに断らない限り同文書)によると恒正は橘宮神主職に補任されている。建武三年(一三三六)一一月一九日の源重長宛行状写によると源重長から伴恒光に対し海八幡宮の神主職と桑野保内の免田が宛行われている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...