淀江浦(読み)よどえうら

日本歴史地名大系 「淀江浦」の解説

淀江浦
よどえうら

[現在地名]淀江町淀江

淀江の集落および国道九号の北側にある湊。美保みほ湾に臨む。戦国期は戦略上の拠点であったとされる。近世初期は港湾整備は不十分であったが、一八世紀になると瀬戸内産の塩の荷揚げが行われ、「在方諸事控」享保三年(一七一八)三月一〇日条によれば、淀江村の弥右衛門が塩口銭三〇目で請負ったとある。宝暦六年(一七五六)淀江御蔵が設置されると、藩米の積出しは瀬取船を新造した淀江村一七人の船主によって行われた。廻船入港が盛んになるのは一九世紀以降で、備後尾道の船問屋鰯屋徳右衛門の客衆上下帳(尾道市史)によれば、寛政一三年(一八〇一)因幡伯耆からの廻米船四二艘のうち、淀江・今津いまづの船は三艘であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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