淡路町(読み)あわじちよう

日本歴史地名大系 「淡路町」の解説

淡路町
あわじちよう

面積:一三・一八平方キロ

淡路島の北端に位置し、明石市と明石海峡を挟んで向き合う。南西は東浦(ひがしうら)町、西は北淡(ほくだん)町と接している。津名丘陵の北端が海岸に迫り、海浜に沿って山地を削って通した国道二八号が通り、わずかな海岸平野が居住区となっている。近年、阪神間の海面埋立用土の搬出により山容が大きく変わった。古代以来津名郡に属した。明治二二年(一八八九)の町村制施行により箙(えびら)村(現北淡町)と岩屋(いわや)浦が合併して同郡岩屋町が成立。箙村は同二五年野島(のじま)村(現北淡町)へ分離。昭和三一年(一九五六)岩屋町・浦(うら)村・仮屋(かりや)町・釜口(かまぐち)村が合併して淡路町が成立したが、庁舎位置問題などにより同三六年浦・仮屋・釜口の旧三町村の大部分は東浦町として分立し、楠本(くすもと)・久留麻(くるま)・釜口の各一部が当町内に残った。


淡路町
あわじまち

平野町(ひらのまち)通の南に東西に延びる淡路町通の両側町で、東から一丁目・二丁目・切(きれ)町がある。明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図では東横堀(ひがしよこぼり)川から堺(さかい)筋までが一丁目、堺筋から中橋(なかばし)筋の間が二丁目、北鍋屋(きたなべや)町・中船場(なかせんば)町を挟んで心斎橋(しんさいばし)筋と淀屋橋(よどやばし)筋(御堂筋)の間が切町となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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