済法寺(読み)さいほうじ

日本歴史地名大系 「済法寺」の解説

済法寺
さいほうじ

[現在地名]尾道市栗原東一丁目

千光寺せんこうじ山西中腹に立地。大興山と号し、曹洞宗本尊釈迦如来。もと木門田きもんでん村にあった西法さいほう寺に、宝暦三年(一七五三)広島国泰こくたい寺一一世笑堂が隠居、同九年栗原くりはらへ移転し、笑堂が開山となって大興山済法寺となったという。一説では、世羅郡敷名しきな(現双三郡三和町)の廃寺西法寺を、栗原村入作百姓樋口屋又兵衛が栗原へ移転し、済法寺としたという(世羅郡誌)


済法寺
さいほうじ

[現在地名]岐阜市粟野西

粟野西あわのにしの北方山麓に位置。山号は皇国山、臨済宗妙心寺派。本尊十一面観音。寺伝によれば、貞観三年(八六一)如来によらいヶ岳山頂に天台宗寺院として創建されたが、保元年間(一一五六―五九)に現在地へ移されたと伝える。その後鎌倉時代には栄えたが、戦国時代の戦乱により衰微した。慶長年間(一五九六―一六一五)定慧が来山して再興を図り、妙心寺派に改宗したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む