日本歴史地名大系 「瀬下町」の解説
瀬下町
せのしたまち
久留米城郭の南西にあり、ほかの城下町と離れる。筑後川左岸の川湊。正保二年(一六四五)
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
久留米城郭の南西にあり、ほかの城下町と離れる。筑後川左岸の川湊。正保二年(一六四五)
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…町人町は東西に長くのびる長町(1~10丁)を中心として,新町,紺屋町,両替町など,そして南にのびる柳河街道に沿って原古賀町が作られ,旧来の町人のほかに各地の商工業者を移り住ませた。また城下の南西部の瀬下(せのした)に河港が建設され,旧河港の洗切(あらいきり)の町民がそこへ移されて瀬下町を構成した。そして長町7丁目の北側に26ヵ寺を集めた寺町が作られた。…
※「瀬下町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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