玄要寺(読み)げんようじ

日本歴史地名大系 「玄要寺」の解説

玄要寺
げんようじ

[現在地名]丸亀市南条町

江戸時代の城下上南条(かみなんじよう)町から南の農人(のうにん)町にかけての広い地域を占め、北の下南条町に続く寺町の一角を構成した。臨済宗妙心寺派、泰雲山と号し、本尊は釈迦如来、左右に迦葉・阿難の二尊像を安置。京極高和の入封時創建されたとされるが、成立年代は不明。「西讃府志」によれば開山宗貯、京極氏の菩提寺で、寺号の玄要、山号の泰雲は京極忠高・高次の諡号。丸亀藩京極氏七代のうち六代高朗のみが当寺を墓所とした。玄要寺由緒によると、もと京極佐々木家菩提寺として伊吹(いぶき)山下に建立され、慶長九年(一六〇四)近江国大津城(現大津市)時代の高次が再興開山として月岑宗貯を迎えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む