百科事典マイペディア 「環太平洋経済圏構想」の意味・わかりやすい解説
環太平洋経済圏構想【かんたいへいようけいざいけんこうそう】
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…とくに,トルドー政権が1972年に過度のアメリカ依存を脱してECや日本への接近を強めていこうとする〈第三の選択〉を外交政策の一つに据えて以来,カナダは日本をアメリカに次ぐ第2の貿易パートナーとして対日貿易の拡大に努力した。一方,日本は〈環太平洋経済圏構想〉の下に,カナダを重要な資源供給国の一つとみなし,日加協力関係の緊密化に傾注してきたからである。 日加貿易は,1954年の日加通商協定の締結,56年の在加日本貿易センターの設立,76年の日加経済協力大綱の締結,および78年の日加経済人会議の開催といった一連の政府および民間レベルの交渉や会議を通じて,飛躍的な伸びを示した。…
※「環太平洋経済圏構想」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」