田村宗顕(読み)たむら むねあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田村宗顕」の解説

田村宗顕(2) たむら-むねあき

1784-1827 江戸時代後期の大名
天明4年5月2日生まれ。堀田正敦(まさあつ)(陸奥(むつ)仙台藩主伊達宗村(むねむら)の8男)の次男田村村資(むらすけ)の養子。寛政10年陸奥一関(いちのせき)藩(岩手県)藩主田村家6代となる。文化7年遠祖坂上田村麻呂(さかのうえの-たむらまろ)の一千年忌法要をいとなんだ。文政10年11月8日死去。44歳。初名は敬顕(のりあき)。

田村宗顕(1) たむら-むねあき

?-1590 織豊時代武将
陸奥(むつ)三春(みはる)城(福島県)城主田村清顕(きよあき)の甥。天正(てんしょう)14年清顕の死後,家臣は伊達派と相馬派にわかれてあらそうが,16年伊達政宗の調停家督をつぎ三春城主となる。18年豊臣秀吉に領地をとりあげられ,以後政宗に従属した。天正18年10月6日死去。初名は顕季。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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