田耕村(読み)たすきむら

日本歴史地名大系 「田耕村」の解説

田耕村
たすきむら

[現在地名]豊北町大字田耕

滝部たきべ村の東に位置する大村で、村の中央を粟野あわの川が北流する。集落はその流域平野と、支流の谷に点在する。地味は肥沃灌漑に便利である。長府藩領で豊浦郡田耕筋に属した。

慶長五年(一六〇〇)検地帳では田耕郷、慶長一五年・寛永三年(一六二六)では田耕とあり、元禄一二年(一六九九)の郷帳で田耕村となる。

中世より伝えると思われる小字に検校けんぎよう・殿畠・土居・殿給・馬給・狩給・井料・垣内などがある。

平安時代末期には安芸厳島いつくしま神社の社領で、佐伯氏が支配したといわれ、田耕神社の隣には佐伯の土居という地名がある。応永六年(一三九九)の田耕村八幡宮施入の華厳経にも、大願主佐伯左衛門太夫盛弘とある。

中世末期には殿敷とのしきいち(現豊田町)に居館を構えた豊田氏一二代種長の弟三郎種雄が田耕に住み、田耕氏を名乗った。「正慶乱離志」には田耕三郎若党以上四六人が、北条時直の軍に従って伊予星の岡ほしのおか(現愛媛県松山市星岡町)平井ひらい城に討ち入り戦死したとある。田耕氏は豊田氏が大内氏に下った後も田耕を領し、長禄三年(一四五九)の田耕八幡宮棟札には地頭豊田田耕忠種とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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