町会所跡(読み)まちかいしよあと

日本歴史地名大系 「町会所跡」の解説

町会所跡
まちかいしよあと

[現在地名]高知市帯屋町一丁目

京(きよう)町西端にあった高知城下町政の役所。最初種崎(たねざき)町の播磨屋宅に置かれたが、その後新市(しんいち)町の仁尾十兵衛宅を接収し、その地に移した。さらに蓮池(はすいけ)町に移り、元文五年(一七四〇)当地に移った。当所はもと武藤長兵衛宅で、他藩の使者が来訪した折の接待・宿泊のための御使者屋とされていたが、元禄七年(一六九四)再び武藤家(美濃屋忠左衛門)に払下げられ、さらに元文五年に藩が買上げて町会所としたものである。


町会所跡
まちかいしよあと

[現在地名]金沢市尾山町

江戸時代に城下支配を担当した町奉行の役所で、松原(まつばら)町の通り西側にあった。慶長二年(一五九七)に博労(ばくろう)町の町人竹屋仁兵衛の居宅があてられたが、寛永一三年(一六三六)藩臣安見隠岐の屋敷跡地に移された。安見隠岐元勝は大坂の陣の報奨後知行一万四千石(うち四千石与力知)になり、この年能登島向田(こうだ)(現能登島町)に配流されたもの。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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