畠山貞政(読み)はたけやま さだまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「畠山貞政」の解説

畠山貞政 はたけやま-さだまさ

1557-1641 織豊時代の武将
弘治(こうじ)3年生まれ。畠山政尚(まさひさ)の子。紀伊(きい)岩室(いわむろ)城(和歌山県)城主。天正(てんしょう)12年(1584)織田信雄,徳川家康羽柴秀吉とたたかった際(小牧長久手の戦い),根来(ねごろ)・雑賀(さいか)衆とともに徳川方につく。家康,秀吉の和睦後,13年秀吉に城を攻められ,家臣の内応により落城,逃走した。寛永18年3月7日死去。85歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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