登美直名(読み)とみの ただな

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「登美直名」の解説

登美直名 とみの-ただな

792-853 平安時代前期の官吏。
延暦(えんりゃく)11年生まれ。正月王(むつきのおう)の孫。登美藤津の子。弘仁(こうにん)13年主膳監正(しゅぜんげんのかみ)。大和介,少納言などを歴任。承和(じょうわ)12年法隆寺僧善愷(ぜんがい)に同寺の財物を横領したとしてうったえられるが,伴善男(ともの-よしお)の弁護によりすくわれる。14年大宰少弐,嘉祥(かしょう)2年豊後権守(ぶんごのごんのかみ)。仁寿(にんじゅ)3年6月10日死去。62歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の登美直名の言及

【善愷訴訟事件】より

…法隆寺僧の善愷が846年(承和13),法隆寺檀越で当時少納言であった登美直名(とみのただな)を,寺産を不正に自己のものとしたとして直接弁官に訴えた事件。このような檀越の専横は当時多く見られたが,この訴訟はことに,9世紀初頭に沈滞の極に達し檀越登美氏から疎外されていた法隆寺僧の,道詮を中心とした自主性回復運動を背景としていた。…

※「登美直名」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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