白子郷(読み)しらこごう

日本歴史地名大系 「白子郷」の解説

白子郷
しらこごう

現埼玉県和光市白子を遺称地とする白子川流域にあった中世の郷村。中心地域は江戸時代の下白子村(現和光市)と思われ、練馬区内においては大泉おおいずみ町が白子郷内で、おおよそ江戸時代の上白子村に該当するものと思われる。年月日欠の武蔵国旦那書立写(熊野那智大社文書)に「しらこ」の庄賀伝助(掃部助か)庄中務丞がみえ、隣接する豊島郡の豊島一族とともに熊野神人と師檀関係を結んでいたことがわかる。庄氏は現大泉町の教学きようがく院の伝承に正平九年(一三五四)以後当地に土着したと伝えられており、白子川流域の赤塚あかつか(現板橋区)にもその活動がみえ、小田原北条氏領国下においても小代官などを勤めるなどして近隣に根を張っている。

白子郷
しらこごう

現和光市白子を遺称地とし、荒川支流の白子川流域に比定される。長享二年(一四八八)八月一四日、万里集九は江戸城から越生おごせ(現越生町)の太田道真のもとに赴く途中、「此夕宿白子里」と記している(梅花無尽蔵)。同年三月、応仁の乱の最中行方不明になっていた西芳さいほう(現京都市西京区)鯉魚の画四幅のうち二幅が武蔵国の人から同寺に寄進されたが、残る二幅を所持しているとの風聞がある飯沼弾正左衛門尉被官藤倉次郎左衛門尉の在所は白子といわれている(「蔭涼軒日録」同年三月一八日・五月一〇日条など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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