白山神社経塚群(読み)はくさんじんじやきようづかぐん

日本歴史地名大系 「白山神社経塚群」の解説

白山神社経塚群
はくさんじんじやきようづかぐん

[現在地名]八王子市中山

多摩川の支流大栗(おおくり)川が多摩丘陵を浸食して形成した谷戸の谷頭に位置する独立丘上にある。平安時代末期の経塚遺跡。頂上部を削平して白山神社が祀られており、経塚はこの本殿の背後に集中して発見されている。同社の創建はつまびらかでなく、当経塚と神社の関係は不明である。経塚群は文政九年(一八二六)境内の塚から経筒・経巻が発見されたのをはじめ、明治一七年(一八八四)・大正一三年(一九二四)および昭和五一年(一九七六)に、いずれも社殿の改修工事や植樹などに伴って遺物群が出土している。その出土状況は明らかではないが、昭和五一年の場合では河原石大小三十数個が掘出されており、積石の中に外容器・経筒を納めるものであったと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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