日本歴史地名大系 「百千家満村」の解説 百千家満村おちやまむら 兵庫県:宍粟郡一宮町百千家満村[現在地名]一宮町百千家満揖保(いぼ)川上流の両岸に位置し、西は三方町(みかたまち)村・森添(もりそえ)村。天保郷帳に「古は落山村」との注記があり、当初は落山(おちやま)村と称されていた。しかし山崩れによる大災害があり、のち村の繁栄を祈って百千家満に改めたと伝えるが、改称の年代は不詳。慶長国絵図に「おち山村」とみえる。領主の変遷は生栖(いぎす)村と同じ。正保郷帳に落山村とみえ、田方一九〇石余・畠方七二石余。元禄郷帳にも落山村と記される。下村氏手控帳(下村家文書)によると、寛文―延宝(一六六一―八一)には田八町九反余・畑一一町余、家数三五・人数二〇七、馬二・牛四一、小物成は楮役七匁余・紙舟役四五匁余・桑役(真綿)二貫五〇〇匁余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by