益田 太郎
マスダ タロウ
明治〜昭和期の劇作家,実業家 台湾製糖専務取締役。
- 生年
- 明治8年9月25日(1875年)
- 没年
- 昭和28(1953)年5月18日
- 出生地
- 東京・品川
- 別名
- 筆名=益田 太郎冠者(マスダ タロウカジャ)
- 学歴〔年〕
- アントワープ商業大学卒
- 経歴
- ベルギーに留学し、帰国後実業界で活躍。一方太郎冠者の筆名で明治37年頃から世相風刺の軽喜劇「正気の狂人」「玉手箱」などを書き、新派で上演された。39年からは帝国劇場重役となり文芸方面を担当、森律子のために毎回脚本を書き、名コンビを組んだ。「コロッケの歌」の作詞・作曲でも知られる。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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益田太郎 ますだ-たろう
1875-1953 明治-昭和時代の実業家,劇作家。
明治8年9月25日生まれ。益田孝の長男。台湾製糖の専務となり,帝劇,森永製菓などの役員を兼務した。一方,明治37年ごろから太郎冠者(たろうかじゃ)の名で帝劇の女優劇に喜劇を執筆する。「コロッケの歌」の作詞・作曲でも知られる。昭和28年5月18日死去。77歳。東京出身。アントウェルペン商大卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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