あいたい‐じにあひタイ‥【相対死】
- 〘 名詞 〙 江戸時代の法律用語。心中、情死のこと。心中が、近松などの戯曲により著しく美化され、元祿頃から流行する傾向にあって、風俗退廃の大きな原因となったため、八代将軍吉宗が心中に代えて使わせた語。
- [初出の実例]「一、主人と下女相対死致損、主人存命に候はは」(出典:徳川禁令考‐後集・第三・巻二二・享保七年(1722)男女申合相果候者之事)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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相対死
あいたいじに
情死、心中に対する江戸幕府の法制上の用語。近松門左衛門らの世話浄瑠璃(じょうるり)などによって、情死、心中の語が美化され、当時の男女がこれを賛美する傾向さえ生じた。8代将軍徳川吉宗(よしむね)は退廃的な風潮を是正するため、享保(きょうほう)7年(1722)に、相対死という名称で禁令を出した。すなわち、不義で相対死をした者は死骸(しがい)を取り捨てて弔わせず、双方存命ならば三日晒(さらし)のうえ非人手下(ひにんてか)にすることとし、翌享保8年江戸町中にこれを触れている。
[石井良助]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の相対死の言及
【心中】より
…このため,幕府は1722年(享保7)心中死の取扱細規を発令すると同時に心中を扱った作品の出版・脚色を禁止した。以後江戸時代には心中死を〈相対死(あいたいじに)〉と公称し,死体は取捨てとし,また未遂・生存者は非人(ひにん)手下に組み入れられた。しかしその後も心中死は後を絶たず,心中は心中死,情死のみを意味するようになり,さらに複数自殺の意味にまで発展して今日に及んでいる。…
【非人手下】より
…姉,妹,伯母,姪との密通は,男女ともに遠国非人手下。不義の男女が相対死(あいたいじに)(心中)を図り,双方死にそこなったときは,両人ともに三日晒(さらし)のうえ非人手下。主人と下女とが相対死をして,主人のみ生き残ったときは,その主人は非人手下。…
※「相対死」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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