日本歴史地名大系 「石和御厨」の解説
石和御厨
いさわのみくりや
甲斐国において存在が確認される唯一の御厨。石禾・伊沢などとも書き、「神鳳鈔」異本には
帰国後の宣景の消息は不明だが、彼の跡は甲斐源氏の棟梁武田信義の四子信光が継ぎ、伊沢氏を称した。平家討伐に挙兵した甲斐源氏は、治承四年(一一八〇)九月二四日、巨摩郡
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
甲斐国において存在が確認される唯一の御厨。石禾・伊沢などとも書き、「神鳳鈔」異本には
帰国後の宣景の消息は不明だが、彼の跡は甲斐源氏の棟梁武田信義の四子信光が継ぎ、伊沢氏を称した。平家討伐に挙兵した甲斐源氏は、治承四年(一一八〇)九月二四日、巨摩郡
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...