日本歴史地名大系 「石和御厨」の解説
石和御厨
いさわのみくりや
甲斐国において存在が確認される唯一の御厨。石禾・伊沢などとも書き、「神鳳鈔」異本には
帰国後の宣景の消息は不明だが、彼の跡は甲斐源氏の棟梁武田信義の四子信光が継ぎ、伊沢氏を称した。平家討伐に挙兵した甲斐源氏は、治承四年(一一八〇)九月二四日、巨摩郡
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
甲斐国において存在が確認される唯一の御厨。石禾・伊沢などとも書き、「神鳳鈔」異本には
帰国後の宣景の消息は不明だが、彼の跡は甲斐源氏の棟梁武田信義の四子信光が継ぎ、伊沢氏を称した。平家討伐に挙兵した甲斐源氏は、治承四年(一一八〇)九月二四日、巨摩郡
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