日本歴史地名大系 「神奈川奉行所跡」の解説 神奈川奉行所跡かながわぶぎようしよあと 神奈川県:横浜市西区戸部村神奈川奉行所跡[現在地名]西区紅葉ヶ丘横浜開港場と入江を隔てた野毛(のげ)山の北方で断崖をなす宮(みや)ヶ崎(さき)にあった。横浜開港の前年の安政五年(一八五八)一〇月、幕府は外国奉行はすべて神奈川奉行兼務の心得での事務取扱を命じ(「老中申渡」幕末外国関係文書)、翌六年四月、二名を交替で神奈川に在勤させた(「外国奉行上申書」同文書)。開港後の同年六月四日、外国奉行水野忠徳・村垣範正・堀利熙・酒井忠行・加藤則著の五名が正式に神奈川奉行兼帯を命ぜられ、神奈川奉行所が誕生した(「老中申渡書」同文書)。同年九月一九日、外国奉行兼帯の神奈川奉行は半年交替で一名が現地奉行所に在勤し、一名が随時赴くこととなり、同時に場所高二千石、手当年三〇〇両、格は長崎奉行の上席と定められた(「老中達書」同文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by