福地郷(読み)ふくちごう

日本歴史地名大系 「福地郷」の解説

福地郷
ふくちごう

和名抄」高山寺本は「布久知」、名博本は「フシチ」の訓を付し、東急本は訓を欠く。現在の大月市東部一帯に郷域を比定することで、諸説ほぼ一致している。大月市富浜町鳥沢とみはままちとりさわには福地大権現があり、同市梁川町綱の上やながわまちつなのうえ小松こまつ神社の文永一〇年(一二七三)と文明一二年(一四八〇)の棟札写(甲斐国志草稿)に「福地郷縄上村」と記されている。「吾妻鏡」建保元年(一二一三)五月七日条にみえる和田合戦後の論功行賞として鎌田兵衛尉に与えられた甲斐国「福地」は、当郷の後身とみられる。なお「フクチ」のよみについて「甲斐名勝志」は「フチ」の仮名とみなし、藤崎ふじさき(現大月市猿橋町藤崎)をその遺称とし、「大日本地名辞書」もこれに従っている。


福地郷
ふくちごう

古代の都留つる郡福地郷(和名抄)を継承する中世の郷。建暦三年(一二一三)和田義盛の乱の論功行賞として甲斐国「福地」が鎌田兵衛尉に与えられている(「吾妻鏡」建保元年五月七日条)。当郷は義盛に味方して競石郷で自害した古郡保忠の旧領だったのであろう。兵衛尉の系譜は不明で彼以外に鎌田氏は登場しないが、現富浜とみはま鳥沢の堀の内とりさわのほりのうちは兵衛尉の館跡と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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