日本歴史地名大系 「窪八幡宮」の解説 窪八幡宮くぼはちまんぐう 岡山県:岡山市旧西大寺市地区久保村窪八幡宮[現在地名]岡山市久保久保(くぼ)集落の北西にあり、旧郷社、祭神は品陀和気命・仲哀天皇・伊邪那岐命・伊邪那美命。貞観元年(八五九)山城石清水(いわしみず)八幡宮の分霊を領主藤井弘清が当地に勧請したのが始まりと伝える(吉備温故秘録)。讃岐法泉(ほうせん)寺(現香川県高松市)蔵の元徳二年(一三三〇)銘の梵鐘に「金岡窪八幡」「神主藤井弘清」と刻される。貞和五年(一三四九)六月一四日の安部季成・同助盛連署寄進状(黄薇古簡集)で畠三段分の田所得分が灯油免として寄進された。観応の擾乱に際し、足利尊氏は「備前国涼和院東西領家職」を寄進、戦勝の祈願を命じている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by